ブラッドグッドディード ~最強なのは俺!! ……じゃなくて、僕の相棒!? ~

2番スクリーン

第1部 プロローグ

唐梅と砂漠蔵 「あんたの吐くところ、見たいの」

『配られたカードで勝負するっきゃないのさ、それがどういう意味であれ』

 ――「ピーナッツ」より。






 ゴミが散乱している。


『電脳世界研究の最高峰、サイバーセカンドの提供する電子空間、同名サイバーセカンド!』


 上のほうからCMの音声が流れてくる。ゴミが散乱している。


『サイバーセカンドでは、実験に参加する先行被験者の方々を募集しています。参加したもっとも優秀な”コンビ”には賞金1億円!! ゲームの世界観を表現した最新の電子空間で、きみは剣士に、魔術師に、悪の覇者に、ヒーローになれる!』


 連日放送されているサイバーセカンドのCMだ。もううんざりするほど聞いた。それにしてもゴミが散乱している。


 目の前の女子生徒は、飽きもせず耳をかたむけている。


「……きみ、出るのか。その実験」


 僕が聞くのを無視して、女子生徒はCMを流していた携帯端末をしまう。それからゴミ箱を持ち上げ、逆さにした。僕の頭にもう一度ゴミが落ちてくる。


 ゴミが大散乱するついでに、視界ににごった液体が垂れてきた。どうやら、メガネのレンズの内側を伝っているようだ。ゴミの汁が。


砂漠蔵さばくらさん……やめようよ」


 女子トイレの入り口から優しい声が聞こえる。砂漠蔵がふり向き、それに答える。


「うん……ごめんね。……すぐ終わるから」


 派手な見た目とは裏腹に、砂漠蔵は穏やかに話す。


 相手を選んでいる。視界の悪い中、彼女を見上げて僕は思う。


 薄暗い高校の女子トイレ。窓から差しこむわずかな光が、軽くウェーブした砂漠蔵の長い金髪に反射した。キラキラと光って神々しくさえある。


 対して僕はいつものように呼びだされ、女子トイレの壁ぎわで砂漠蔵に追いつめられていた。黒髪に黒ぶちメガネ、黒い学ランを着た生真面目とからかわれる格好で、ただうずくまっている。


 対照的な二人の生徒が、ゴミが散乱した女子トイレで一方は立ち、一方はゴミと仲よく埋もれている。これを見て「あれ」だと思わないものはいないだろう。自虐的に考える。


 砂漠蔵のいる向こうには、おびえながらも勇気をふりしぼって止めに入ってくれたクラスの女子生徒たちの姿。


 まさに「あれ」だと判断したのであろうクラスメートに、うずくまった姿勢のまま目配せする。大丈夫、というように強くうなずいてみせる。


 ためらい、何度もふり返りつつ、クラスメートは教室に戻っていった。


「……唐梅からうめ。あんた、何も言わなくなったね。……なんなの」


 二人きりになった女子トイレで、砂漠蔵が静かに言う。伸ばしたツメで髪を妖艶になでている。僕は答えない。


 一向に動こうとしないとわかると、砂漠蔵も僕に視線を合わせて座りこんだ。


 頭についたビニールの破片を一つとり、ゴミの汁に濡れた髪をつんと引っぱる。僕の髪を指先に巻いて遊びだす。


「……あんたさ、私が感謝してやめると思ったの? 残念だったね。善いことしたのに報われなくて」


「そんな理由でやったんじゃない!!」


 強く反論してしまった。はっとするが、砂漠蔵は動じていない。


 彼女はあの日のことを言っている。しかし、今さら砂漠蔵のこの突っかかりをやめさせたくて僕は行動したわけじゃない。


 うつむいた姿勢に戻り、ひざを抱えた。強い意志のこもった声で告げる。


「続けろ、砂漠蔵。僕は平気だ」


 平気、という言葉に反応したのか、砂漠蔵が少しだけ顔をゆがめる。


「ゴミでもなんでも、僕にぶつけるといい。きみにとって、これは必要なことなんだろう。それできみのストレスが和らぐなら、僕は――」


 言葉をさえぎり、砂漠蔵がいきなり掴みかかってきた。学ランを引っぱられ、洗面台のほうへ強引に向かわせられる。バラバラとゴミが落ちていく。


 砂漠蔵に押されて、洗面台に顔を突っぷした。


「お昼、食べた?」


「……えっ」


 唐突に普通の話題をふられ、動揺する。洗面台とにらめっこしてさえいなければ、安堵すら覚える常識的な会話だ。すると、常識とはほど遠い砂漠蔵が意味不明なことを口走った。


「出して」


 言葉の意味がわからず、目を泳がせる。


 洗面台の中で懸命に考えていると、砂漠蔵が背中に抱きついてきた。細い腕が蛇のように腹に巻きつく。なんだ、僕にジャーマン・スープレックスでもかます気なのか。


 砂漠蔵が腹の、胃腸が入っているであろうあたりを強く押さえ始める。ぐ、ぐ、と力を入れていく。


 ……まさか。


 言っている意味を理解した途端、あれだけゴミにまみれても平気だったのが、急に気持ち悪くなってきたような気がして心底慌てた。


「ち、ちょっと待て、砂漠蔵!」


 平気だなどと大みえ切ったものの、それでも砂漠蔵の新しい遊びに抵抗感を抑えきれない。ゴミの次はこれか。常習化する前に、なんとかして気を変えさせなければ。


「こんなことして何になる」


「あんたの吐くところ、見たいの」


「……」


 ぎょっとする。吐かせようとしているのは察したが、予想外のシンプルな動機にどう反応していいかわからない。


 鏡にうつった砂漠蔵の顔を見る。風のない、静かで冷たい夜の砂漠の目がそこにあった。冗談の色はない。


 砂漠蔵がひどく真剣なことを察知して、さきほどの自分のセリフなどさっぱり忘れ、無我夢中で抵抗を始めた。互いに押し合いの引っぱり合い。もみくちゃになりながら、砂漠蔵の長いツメから逃れようと必死に暴れる。


 一瞬の隙をつき、砂漠蔵を突き飛ばす。女子トイレの入り口に向かって走る。


「……うわあああ!! 変態だああああ!!」


 僕は砂漠蔵から逃げだした。

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