第3話 宿に伝わる怪談は
「今日は取材にご協力いただきありがとうございます」
藤崎がまず礼を言った。
女将は60手前の、和装の控えめなご婦人だった。
「こちらこそ、面白いお話ができれば良いですけど」
笑うとえくぼのできるチャーミングな人だった。藤崎と新也も思わず笑顔になる。
「ええっと、何からお話すれば良いのかしら」
女将が頬へと手を当てる。
「どこからでも結構です。思いつくままで」
藤崎が促すと、ぞれじゃあ、と言って女将は以下のような話を始めた。
先代が嫁に来た頃に話は遡るという。今から60年以上前の話だ。
ある日、深夜に宿の表を走り回る子供の足音がすると、宿泊者から苦情が来たそうだ。
特に雨の日に、パタパタ、パシャパシャと外を走り回る音がする。
ついには、部屋の前の庭にまで入り込み遊び回る音がするので、寝れぬという客まで現れた。
音がした翌朝には、ロビーの縁側に泥のついた足跡が残っていたり、玄関に飾っていた花が逆さに生けられていたりと、子供のいたずらのような現象も起こり始めた。
何かの祟ではと噂が広がったため、先代は寺から坊主を呼び、供養の経を上げてもらった。そうすると怪異はおさまった。
「……というのが先代のお話です」
ふっと女将が息をついた。新也も一度メモをとる手を休める。しかし、藤崎は違った。
「というと、続きがある?」
さも感心したように話を向ける。女将も面白そうに微笑んだ。
「そうです。先代の時は、経を上げてもらうと一旦は収まったのだそうです。ただ、1年もするとまた怪異が起こり続ける。イタチごっこです。今も……いたずらは、そのたびに少しずつ変わります」
「……先代と今とで、怪異に何か大きな違いなどがあるのですか?」
ふと、新也は訊ねた。女将の先代の、という言い方に違和感があった。
女将がその声に顔を強張らせた。少し声を落とし、言いにくそうにする。
「お話としては、こちらの実名は出さない……ということでしたよね?」
藤崎へと確認をする。藤崎は頷き、新也も他言しませんと付け加えた。
女将は口を開いた。
「私の代になり、各お部屋に縁側を付け、露天風呂を併設いたしました。3年ほど前のことです。そうすると、今までは宿の外や玄関あたりであったいたずらや足音が……お部屋へと入ってきてしまい始めたのです」
最初は客の勘違いかと思ったという。
バッグの置き場所が変わった。
朝起きると、布団の向きが上下変わっていた。
部屋に生けてある花が一晩で枯れてしまったなど。
些細なことだが、それがどんどんエスカレートしているような気がする。
しまいには、部屋へと生けてあった花の近くに、刃先を客室へ向けた裁ちばさみが置いてあったという。勿論、生花に裁ちばさみは使わないし、まずは客室にハサミを持ち込むことなどない。
危ないというので、経を上げてもらったのが昨年の1月だという。
それっきり、最近までいたずらは起きていない。そう、最近までは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます