帰還勇者は帰ってきても忙しい
大野知人
プロローグ という名のやや強引なキャラ紹介
かつて魔王が居た。きっとどっかのゲーム会社が一度は作ったことがある感じの、雷とか炎とか使って攻撃してくる世界を滅ぼそうとする奴だった。
だから、倒した。
『マリー』何某と言うどっかで聞いたことがあるような名前の女神サマからもらった、いかにもありがたい『見た魔法を完全に分析する』とかいうチートをぶん回し、それなりのラブコメとか友情とかある漫画八冊分くらいの内容でまあなんか、倒した。
かつて暴君が居た。魔王が倒れたから勇者を自分の国の軍に組み込めば統一帝国を作ってやりたい放題じゃね、とか頭悪いこと言ってた奴だった。
相変わらず漫画チックなコメディと愛とか努力とかをしてその王を倒し、世界を再び七つの国がお互いを尊重しあう素敵な感じのものに戻した。
かつて怒れる竜が居た。地元の人間が困っているというのでこれまた漫画数冊分くらいの冒険をして倒した。
かつて暴れまわる悪鬼が居た。政治が乱れるというので倒した。
かつて山をも動かす巨人が居た。困ってる人が居るというので倒した。かつて死霊たちの王が居た。だから倒した。かつて魔獣を率いる大熊の化け物が居た。倒した。倒した倒した倒した倒した倒した倒した倒した倒した倒した倒した倒した倒した倒した倒した倒した倒した倒した倒した倒した倒した倒した倒した倒した倒した倒した倒した倒した倒した。
そうやってざっくり三年くらい馬鹿みたいに湧き続けるラスボス共をボコり続け、ようやっとすべての元凶らしい『堕ちた神』とやらを倒した俺だったが……。
正直、もう限界だった。割と無双ゲーのノリで無理矢理楽しんでた感はあるけど段々作業っぽさが増して行って、ついには『敵を探す→魔法ぶっ放す→帰る』の一セットですべてが解決するようになってきて、嫌になった。飽きた。疲れた。
というわけで、地球に帰ることにした。幸いに、というべきか強くなり過ぎた俺のまわりには誰も近づかなくなっていて、別れを惜しむ者も居なくて、おかげでだいぶアッサリと俺は慣れ親しんだこの町へと帰ってきたのだ。ええ、寂しくなんかないですよ、ちっとも。
それが三ヶ月前の出来事。
まあ、なんか。親にめっちゃ泣かれたりとか、警察に事情聴取されたりとか、あんまよく覚えてないですみたいなこと言ったらアッサリ通っちゃったりとかして、一つ分気温が上がるほうへと季節が回り。
必要経費みたいな日常復帰イベントをこなして、コンクリートのビルにも驚かなくなってきた今日このころ。俺はようやく見つけた就職先でキリキリと働いている。
ここは我が故郷、浜岡市の駅裏にある寂れたビルの貸しオフィス。
「河野!17番世界『フォルキーナ』に召喚された日本人がマヨネーズで大量食中毒起こしたらしい。ゲザりに行くぞ!」
俺は、意外と身近なところにあったファンタジーとの関わりをいまだに断ち切れずにいるのだった。『藍崎企画』と書かれた俺の就職先。そこは異世界人と地球人の円満な付き合いのために動いている下請けの中小企業である。
「またマヨネーズですか……。俺が入ってからでも三回目ですよ、ハア」
俺はため息をついた。
日本人は衛生管理意識が甘いんじゃないだろうか、それがここ三週間で俺が導き出した答えだ。
そもそも一日に何人くらいの日本人が召喚されているのか知らないが一週間当たり一人のペースでマヨネーズ食中毒を起こしているとなると、相当である。
「まあ、ネット小説なんかの内政チートものだと人気だからなあ。マヨネーズ」
「ですけど、ねえ?」
俺はもう一度ため息をつくとやけに寝心地のいいデスクに泣く泣くお別れを言って起き上がり、十畳半の狭いオフィスの隅にあるロッカーから入社したときに姉ちゃんに買ってもらった黒いジャケットに着替えつつ、オフィスの真ん中へと振り向いた。
このオフィスは本当に狭い。会社の規模が小さいからしょうがないともいえるのだが、社員6人に対して十畳半は狭すぎる。部屋の中には俺が先程まで寝ていたものを含めデスクが三つとソファが一台。あとは冷蔵庫とかエアコンとかテレビとかに観葉植物っぽい鉢一つと壁際のロッカー。
俺が先ほどから話をしていた先輩はと言うと、懐から青々とした木の葉を取り出し自分の頭に乗せ……
「って、先輩!化かしの術はダメですよ。上位の神族相手だとバレるって言ってたじゃないですか」
彼がボワン、と言う音とともに出しかけた白い煙を俺はパタパタと右手で煽ってかき消した。渋々と言って様子で先輩はチョッキを脱いで自分のスーツをロッカーから取り出す。
「バレたか。ハッハッハ」
葉を懐に収めながら笑う小太りの低身長。彼は元宮源三郎と言う名の、化け狸である。
俺をこの会社にスカウトした張本人にして職場の先輩であり、また実のところ俺が召喚される前からの数少ない知り合いでもある。
彼のおかげでこの職場になじみやすかったのであるが、同時に彼の手によってこの職場に引きずり込まれたので、感謝などしていない。するものか。
「横着はダメですからね?先輩」
化け狸とは知らなったとはいえ中学時代からの付き合いのある先輩の彼のおかげで俺がこの職場になじめたのは事実だが、昔から変わらぬ横着気質はどうにかならないものか。
「新入そうそうお説教とはいいご身分だな?」
「先輩が横着なのは中学の頃からずっとじゃないですか。社会人になったってのにそういうとこ横着してたら損しますよ」
へいへい、と肩をすくめる彼には全くと言っていいほど反省の色が見えない。
「そうよ元宮君。接待業、もとい接客業なんだから服装で横着しちゃダメよ!」
と、横から口を挟んだ美人さんこそは我らが社長。金髪をポニーテールにまとめた彼女の名前は藍崎熾音。ルーマニアだかどこだったかの呪術師を祖とする魔法使いの一族にして、
「私の祖先はルーマニアじゃなくてリトアニアね」
御覧の通り読心能力の持ち主でもある。本人は否定するのだが、そうとしか思えない。
ちなみに、この場にいるのは三人だけだがあと他にも我が社には社員がいる。
「でも、シンジ。マヨネーズは美味しいよ」
と、黒髪の美少女が先ほどの話をぶり返すように俺に話しかけてきた。彼女こそはこのオフィスに居ながらにして藍崎企画の社員ではないただの居候。二週間ほど前のとある事件でこの世界に迷い込んできた異世界の竜人族の女の子、ユノである。メイド服に身を包んだ彼女はだいぶ食い意地が張っているのだ。
「たこ焼きとか、ブロッコリーとか、何にかけても美味しいのよ。きっとその勇者君もどうしても体が我慢しきれなかったに違いないわ!」
「怪しい薬物みたいに言うんじゃねえ!」
二週間前にやってきたばかりだと言うのにこの娘はこの娘でなじみ過ぎである。
というか、この子がこのままこの世界の食べ物になじんで行ったら将来的に元の世界に戻れなくなるんじゃないだろうかと不安で仕方がない。
「あ、二人とも転移陣の方はもう準備ができてるから、そろそろ行きましょうか」
「だとよ。行くぞ河野」
「はいはい。ユノ、留守番を頼むな。あと、あまりおやつを食べ過ぎるなよ?」
「わかったわ」
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