オサムとシュウとお弁当
SAYURI
第1話
「ほんっとオサムのお母さんって料理上手いよなぁ。」
シュウは、うちに来るたびに毎回同じことを言うな、とオサムは思った。
シュウは二人暮らしの父親の仕事が不規則で帰りも遅いから、ほとんどうちで晩飯を食うのが当たり前になっていた。
母ちゃんも、シュウがいる方が嬉しいみたいで、毎日シュウのぶんまで準備している。
俺たちは偶然、同じ文字で「修」と書いて、オサムとシュウ、それぞれ別の読み方だった。それでやたらと盛り上がって、去年俺の中学に転校してきたばかりだったシュウとすぐに仲良くなり、今じゃすっかり親友だ。
「そうだなぁ、料理だけはな。なんたって弁当屋だし。」
「それ。お前んとこの弁当はちゃんと全部手作りで美味いって、この前理科の佐々木も言ってたじゃん。」
「確かに、うちの母ちゃんのきんぴらとか最高。オサム、飯食ってくだろ?」
「マジでいつも悪いなー。親父から飯代もらってるからさ、たまにはこれ、おばさんに渡してくれよ。」
「いいよ。母ちゃんがシュウからお金もらうなって言ってたし。じゃあそれでアック奢れよ。」
「え!おっまえ、毎日ちゃんと作った美味い飯があるのにアックなんか食いたいわけ?味覚おかしいだろ。」
「たまにはそういうの食べたくなるの。毎日惣菜の残り食べなきゃだからな。」
「贅沢だなぁ。お前は母ちゃんがいるありがたみがわかってないな。」
その時、アパートの玄関をガチャガチャ開ける音が聞こえてきた。
その「母ちゃん」が帰ってきた。
「ただいま~!お!シュウくん、ご飯食べていきなよ。今日は酢豚と肉じゃががあるよ。」
「いつもすんません、お仕事お疲れ様です、おば・・・カナさん。」
「お、そうそう。さすがシュウ君、危なかったわね。おばさんじゃなくて、カナさんだからね。私まだ現役恋人募集中の36歳なんだから!」
「36は完全におばさんだろうが。」
「オサムは晩御飯いらないのね?」
「あ、ごめんなさいお母様。二度と言いません。」
「あはは。カナさんは若いですよ。綺麗だし、料理も上手いし、オサムがうらやましいです。」
「きゃー!ちょっと聞いた?オサム!シュウ君ってなんていい子なんでしょう!もううちの子になっちゃいな!」
「またそういう事を・・・やめろよな。」
「だーって、本当にシュウ君が来たら嬉しいんだもん。イケメンだし!」
「やめろや。」
「ふふ、まあ、ホントゆっくりしていってよ。これ、食べてね。」
カナは、大きなタッパーからどさどさとおかずを皿に移し、話をしながらも気づいたら味噌汁までちゃっちゃと作り上げていた。
それを見ながらオサムとシュウは「おお、さすが弁当屋だ!」と笑った。
「オサム、私友達と食事の約束あるからさ。二人で食べて、片づけてね。」
そう言うとカナはさっさとエプロンを外し、部屋に入って、5分もしないうちにワンピースに着替えて髪を下ろして出てきた。
「わ、カナさん、綺麗ですね。もしかしてこれからデートっすか?」
「やあね。友達と約束してるだけよ。さすがにジーンズとエプロンじゃね。じゃあ、オサムよろしくね。」
「おん。」
アパートの玄関が閉まる。
「な、カナさん、絶対あれデートだよ。」
「んなわけねえだろ。あいつ中身はおっさんだぜ?」
「いや、カナさんはモテると思うぞ。俺でも綺麗だなとか思うし。」
「ちょ、シュウやめろよ!人の母ちゃんに!」
「ははは。マジで怒るな。変な意味じゃないよ。あんな若くて面白いお母さんなら、俺も欲しいなって思っただけ。今更変なババアとか家に来たら絶対やだよ。」
「まあ、そりゃそうだよな。」
シュウは、同じ歳とは思えないほど大人びている。おまけに性格がいいし、イケメンでスポーツ万能。俺が教えたギターだって、もう俺より上手いくらいだ。天は何物も彼に与えたな。
シュウとは、この先もずっと友達でいたい。高校に行っても、大学に行っても、大人になっても・・・
「ごめんなさい。お待たせしちゃった。」
「カナさん!いや、僕も今来たとこで。」
「今日は、ギリギリまでお店開けていたから、着替えるだけになっちゃって。お惣菜臭いかも。」
「あはは。全然気にしないよ。ワインでいい?」
「あ、最初ビールがいいな。喉からからで。」
佐藤さんとは、今日で3回目のデートだ。
保険の営業に回っている途中で、毎日のようにお弁当を買いにきてくれていたから、だんだん仲良くなって話をするようになった。
ある時に「私母子家庭だし、病気でもしたら息子も困るから、何か入っておこうかな。佐藤さんのところに、保険いいのありますか?」と訊いたのが始まり。
「ええ!カナさん、ど、独身なんですか?じゃああの、今度、仕事の後、食事いきませんか?」と誘われた。
最初も、二回目も、食事をしただけ。手も握ってもこない。
私は保険のお客さんってだけかな?でも、いまだに保険のプランすら話してくれていないままだ。
ただ今日はなんだかいつもと雰囲気が違う。・・・緊張している?
もしかして、この後何か誘うつもりかしら。
「カ、カナさん!」
「はい。」
「この後・・・その、どこか、ゆっくりできるところで話さない?」
あ、やっぱり?
「ゆっくりって?」
「あ、つまり、どこかの部屋でとか、いや、部屋っていうか、そういうんじゃなくてその。」
「ごめんなさい。私、そういうお付き合いは今はちょっと。それに、息子が家にいるから、あんまり遅くはなれないし。」
「あああ!違うんだ。いや、違わないんだ!ごめんなさい。僕、そんないい加減なつもりじゃなくて。えっと、じゃあこのまま言っちゃいます。カナさん、僕と、付き合ってほしいんだ。」
「あ・・・ええと。」
「返事はすぐじゃなくていいから!こんなおっさんじゃ嫌かもしれないけれど、真面目に考えているから。僕、カナさんのお弁当が大好きで。気づいたら、毎日買っていて。いや、逆だ。カナさんに会いたくて毎日弁当屋に・・・」
「・・・ありがとう。気持ちは、本当に嬉しい。あ、佐藤さんはおっさんなんかじゃないですよ。ただ、今はまだそんな気持ちに余裕がなくて。主人が亡くなってから、ずっと男の人とは関わってなかったし、あの小さいお弁当屋さんでも、結構ハードだし。もちろん、今日みたいに二人でお食事とかは嬉しいけど・・・」
「いいよ。僕は、何年でも待つよ。」
「ふふ。さすがに何年もは。私もおばさんになっちゃうし。あ、今もおばさんか。」
「とんでもない!カナさんはすごく若いし、なんていうか、可愛い、笑顔が可愛すぎるんだ。若い女の子より断然魅力的だよ。それに・・・」
「それに?」
「弁当が美味い!もう僕、餌付けされてるし。」
二人で顔を見合わせて、大笑いした。確かに、この人なら、大事にしてくれるのかもしれないな。
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