第25話 話しだしたらどんどん崖を転げ落ちていくみたいな気分になった――ホント、奥田おもしろかった
食事が片付いて、お茶をいれなおしてもらった。緊張しすぎて、あと焦りすぎて、なにを食べたのかおぼえていない。みんながすわって、さて、ぼくが口火を切るときなんだろう。でも、なんか聞いてないよってことがありすぎて、このまま突っ込んでいっても打ちのめされそうな気がしてならない。
「よく家に帰ってこられたな。こんな家出てってやるなんてタンカ切ったくせに」
先手をとられた!しかも結婚の話じゃないよ。話題がはじめからそれてる。
「今日は、それとは別の話だから」
ほれ、今だ。お前の番だと言われた気がした。緊張で喉が閉じてはりついている。ごくり。
「ぼくは、祥子にプロポーズしました。祥子も結婚しようって言ってくれました。ぼくたち結婚することになりましたので、ご家族に報告しにきました」
「家をでていった人間の結婚など、報告する必要はない。話はそれだけなら、これで失礼する」
「待ってください。小説家でなにが悪いんですか。安定していなくたって、ちゃんと小説を書きつづけて生活してます。ぼくは小説を読まないんですけど、ぼくが読んでもおもしろい小説でした。ファンだっているんです。編集の人だっていて、チームで本をつくってるんです。チームの一員としてガンバってるんです。会社につとめてるのとほとんどかわりないんですよ」
「きみもフリーのカメラマンだろ。普通の勤め人のことはわからんのだ。小説が売れなければ、多くの人に迷惑がかかる。それだけ責任が重いのだ。自分の名前で仕事をするという責任だ。自分の娘にそんな重荷を背負って生きていってもらいたいなんて思う親はない。そういうことだ」
ぼくは、祥子のお父さんの言うことはおかしいと思うんだけど、どこがおかしいのかわからなくて、言葉がでてこない。
「話は聞いてやった。もういいだろう。出ていけ」
胸が熱くて、なにか言い返さないと気がおさまらないんだけど、なにも言い返せない。失敗だ。祥子の両親とうまくやっていけると当り前のことのように思っていたけど、そうじゃなかった。
「おじゃましました」
退散するしかなかった。祥子もついてきた。ミカンちゃんも。
「奥田すごいね、あのお父さんにあんなに食ってかかって」
「食ってかかってたかな?お父さん怒っちゃった?」
「どうだろう、お父さんいつも怒ってるみたいな顔だからわからないんだよね」
「うん。おっかなかった」
「でも、ほら。カズキ、ちゃんと結婚しますっていったから、目的は達成できたよ」
「祥子、黙ってるんだもん。お父さん警察とか、家飛び出したとか。勘弁してくれって思ったよ」
「だって、尻込みするでしょ、先に言ったら」
「尻込みさせてもらいたかったよ、もう。話しだしたらどんどん崖を転げ落ちていくみたいな気分になったんだから」
「ホント、奥田おもしろかった」
「おもしろくない」
転げ始めはミカンちゃんの名前じゃないか。
ぼくたちは家の門のところで立ち話していた。祥子のお母さんが家からでてきた。
「奥田さん、ごめんなさい。お父さんを許してあげてください。お父さん、祥子がうまれたとき、絶対嫁にはやらんといってたくらい溺愛していて、結婚するってきいてわけわからなくなっちゃっただけだから。本当は祥子の結婚をよろこんでるの。祥子の本だって、発売になるとかかえるほど買ってきて、どうかよろしくっていって知り合いに配ってるんだから。本当は祥子のこと応援してるんだよ?」
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