アイ色のアストログラフィー
九乃カナ
第1話 本当にドジなんだから。カズキは、わたしが見ていてあげないとダメね
あいている駐車スペースを探して駐車場を奥に進む。人気のお店だからいつも駐車場が混んでいる。駐車場が混んでいるということは、お店も混んでいるということだ。
なんとか一台分の駐車スペースを見つけて車を駐めることができた。ぼくはバックで駐車するのが苦手だ。体中に汗を噴きだしながら必死になって駐車した。
車から降りると秋晴れでさわやかな風が吹いていた。汗だくになった体に風をうけて気持ち良い。汗を拭きながらお店に向かう。ふたりをお店の前で降ろしていたから、いまごろ席を確保してカウンターに注文に行っているはずだ。
お店の中は広い。さらに、駐車場に面してテラス席を出している。混んでいるけど、どこかに席を見つけられることが多い。注文の列がのびて、テラス席を囲むようにつづいている。
見覚えのあるカーデガンと本が置いてあるテーブルを店内の右の壁際に見つけた。あのテーブルを確保したようだ。注文の列のあいだを通してもらい、テーブルを縫って目的のテーブルにつく。車を駐車してテーブルにたどりつくだけで、ぼくにはひと仕事だ。
疲れた。昨日海外から帰ったばかり。撮影は成功したと思うけど、海外まで出かけて写真を撮るのはすごく疲れる。両手でほっぺをはさむように頬杖をついて目を閉じる。
店内の喧騒が遠のいて、子守唄のように、感じられてくる。
気配を感じて顔をあげる。
「やあ、あいてるところ探すの大変だったよ。ずっと奥まで」
祥子だと思って話し始めたら、目の前に知らない女性が幼稚園くらいの男の子にスカートを握られながら立っていた。
「あのー、その席」
ぼくは失敗したらしい。カーデガンと本の組み合わせが一致することは、たまにはある。ガタッと音をたててイスから立ち上がり、すみません間違えましたとあやまった。
「カズキ、なぜ人のテーブルにお邪魔しているの?」
「ああ、よかった。間違えてしまって」
もう一度、目の前の女性に頭をさげる。
「カナ、見つけてくれてありがとう。たすかったよ」
「本当にドジなんだから。カズキは、わたしが見ていてあげないとダメね」
「面目ない」
袖を引いて連れていかれたのは、テラスのほうだった。日が当たってちょっと暑そうだなと思った。
「よかった。カズキはぐれるから」
テーブルで祥子がまっていた。祥子はオレンジっぽいベージュのカーデガンを着ていた。さっき目印だと思った知らない人のカーデガンは赤だった。
「祥子は、今日ずっとそのカーデガンを着てた?」
「うん、着てたよ。ねえ?」
娘のカナは、イスとの激闘の末、よじ登って尻を落ち着けた。
「カズキね、知らない人のテーブルで寝てたのよ?」
ぼくの失敗を報告しなくていいのに。カナはどこでおぼえたのか女言葉が最近お気に入りで、よく語尾を不自然な女言葉にする。教育上どうなのかと心配になる。
「そう。どこでも寝られるなんて便利だね」
「わたしは天蓋つきのベッドでしか寝られないけれど」
祥子がカナの手をおしぼりで拭く。カナは先にもってきた飲み物のうち、小さいカップにはいったオレンジジュースをストローで飲む。
「同じ色のカーデガンをイスにかけている人がいたんだよ。祥子が席をとってるんだと思って、安心してたんだけど。やってきたのは知らない女の人でびっくりしちゃったよ」
「ハトが豆鉄砲を食ったような顔をしていたわ?」
「そ、そうだった?そんなに?」
カナはうなづいた。まあたしかに、お互いぽかーんとして見つめあってしまったけど。
「目印を決めておけばよかったね」
「こんど来るときは、目印を決めてわかれることにしよう」
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