第4話


 魔物がどうして街中に……。

 そう思ったのも束の間、スケルトンがこちらへととびかかってきた。

 ――速いッ!


 俺はそれを何とか見切り、かわした。

 スケルトンは手に剣を持ち、すっと構えた。

 でたらめな構えだ。だが……まったく読めない動きでもある。


「そこに、いるのは……誰ですか!? ……お、ねがいします、助けを――」


 ……血を頭から流した少女が、咳き込みながら声をあげた。

 ……よく見れば、この場にいる子たちは、皆イアントとそう変わらない年齢の子たちであった。

 この場で逃げるわけにはいかない。


 相手はスケルトン。最弱の魔物だが……俺に勝てるのか?

 けど、ここにいる彼女らを……見捨てて逃げ出すなど男として許せない。


「時間は、稼ぐ。すぐに仲間を治療するんだ」


 少女は魔法使いが身に着ける長いローブをまとっていた。

 冒険者は、衣服から自分の得意なものを分からせるための服装にすることが多い。

 野良でパーティーを組む際、外見から相手に役割を伝えやすくするためだ。少女がまとっていた衣服は、回復魔法の使い手が身に着けるものだった。


 拳を構える。

 相手がスケルトンなら、勝てるかもしれない。

 スケルトンはそれほど強くはない魔物だと聞いたことがある。


 隙を見つけて正拳突きを叩きこめれば――!

 俺が動き出すより先に、スケルトンが剣を振りぬいた。

 ぎりぎりで攻撃をかわしていく。


 ――速い。

 振り下ろされた剣が眼前を過ぎる。

 肌を掠め、服が僅かに切れた。


 これが、スケルトンの速度、なのか……っ。

 鍛錬を積んだ今の俺で、ようやく見切れるほどだなんて――。

 攻撃をかわし続け、俺はスキルを発動する。


「ハァ!!」


 咆哮と同時に、右こぶしを振りぬいた。

 隙だらけのスケルトンを殴りつけ、吹き飛ばした。

 ……やったか?


 砂煙が舞い上がった先ではスケルトンがむくりと体を起こした。

 ……まさか、な。

 傷一つないとは思わなかった。


 やはり、町の冒険者が話していた魔物の身体は堅いというのは、本当だったのか。

 スケルトンは目の部分に埋め込まれた魔石を赤く輝かせ、こちらへと突っ込んできた。

 先ほどよりも速くなっている。

 連続で振りぬかれた剣をすべてかわし、蹴りを放つ。だが、スキルが載っていない攻撃など効くはずもない。


 スケルトンの攻撃をかわしきり、お互いに一定の距離を保つ。

 スケルトンは油断なくこちらを見ている。

 俺の正拳突きを理解したのだろう。一定の距離をとっていれば、スキルが当たることはない。


 正拳突きは発動してから隙の多いスキルだといわれている。

 だが――突き続けた俺は、このスキルの細部までを理解している。正拳突きに関してのみは、この世界の誰よりも詳しいという自負がある。


 だから俺は、距離が生まれたままスキルを発動した。

 スケルトンからすれば不可解な行動に見えただろう。

 スキル発動と同時、腰が僅かに落ちる。

 ……スキルを発動すると、体がスキルの動きを再現するように動いてしまう。


 だが――それがすべてではない。

 腰を落とすまでが、正拳突きが俺の体を拘束しているに過ぎない。

 その作業が終われば、次の瞬間には拳の支援へとスキルは変化する。


 ……つまり、腰を落としてから正拳突きを放つまで、一秒にも満たないその一瞬は俺が自由に足を動かせる時間だ。

 だからその一瞬で――敵との距離を潰すことだってできる!


「ハァ!」


 スケルトンとあったおおよそ二メートルほどの距離を、一瞬で殺した。

 スケルトンが体を動かしたが、すでに俺は眼前に立ち、拳を振りぬいていた。

 正拳突きがスケルトンの身体へと当たった。


 この移動をするため、俺はすり足の特訓を行った。

 武術の基本はすり足だと冒険者が離していたからだ。

 俺が今はいている靴も、普通の靴と違ってすり足の訓練を行うために作ってもらったものだ。

 

 それが、俺のスキル後の移動を確立させてくれた。

 拳が突き刺さったスケルトンと眼前で向き合う。

 今度は吹き飛ぶことはない。


 ――正拳突きには二種類ある。

 柔の正拳突きと、剛の正拳突きだ。

 剛は、最初に放ったように敵を吹き飛ばすようなものだ。

 派手で、外傷にダメージを与えることができるが――これではオリハルコンを破壊することはできなかった。


 俺があのとき、オリハルコンを破壊できたのは柔の正拳突きだ。

 これは敵の内部から傷つける一撃となっている。

 やり方は簡単だ。拳を握った際に、中指の第二関節が一番前に出るように殴ることだ。

 これによって、一点に力を集中させることができる。


 だが、これを支えるためには相応の握力が必要になる。敵の体に撃ち負けないだけの、肉体の頑丈さもだ。

 ……だから、これが使いこなせるようになるまで、俺は何年もの時間をかけた。

 スケルトンの骨が内部から砕け散った。


 ……どうにか、倒せたな。

 俺は軽く息を吐いてから、構えを解いた。

 ちらと少女たちを見る。


 恐らく、彼女らは新人冒険者なのだろう。

 まだ息の合った子が全員を治療し終えたようで、とりあえずは問題なさそうだった。

 あとは彼女たちに任せ、俺は先ほどの戦いを反省していた。


 ――まさか、スケルトンに対してこんな苦戦するなんて。

 俺は悔しさをかみしめながら、その場を後にした。

 ……早く宿に戻り、鍛錬を積みたかった。

 やはり、冒険者で活動できる人々は凄い。


 あのスケルトンにさえ苦戦してしまった俺が、冒険者を目指すのは無謀なことなのだろう。

 スケルトンに勝利したとはいえ、あれだけ苦戦した。

 あの程度の魔物、容易に狩れなければ冒険者なんてなれない。


 改めて現実を突きつけられた俺の心には一つの感情が湧き上がっていた。


 ――悔しい。

 オリハルコンを破れるようになって、俺は少し驕っていたのだ。

 魔物と戦ったことがないにも関わらず、魔物を倒せるのではないか……そんな風に考えていた。


 だが、現実は違った。

 もちろん、スケルトンを倒すことはできた。

 ……とはいえ、ぎりぎりの戦いであることには変わりがなかった。


 一つ何かが変われば、俺は命を落としていただろう。

 そして、俺が死ねば……先ほどの新人冒険者たちも、そうだ。


 ――これでは、何も変わっていない。何かを守れるために、もっと強くならなければならない。

 今日から、鍛錬の時間を増やす。

 せめて、最弱と呼ばれる魔物たちくらいは、一人で倒せるようにならなければ。


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