外れスキル『正拳突き』で無双する
木嶋隆太
第1話
俺は田舎の農家の息子として生まれた。
父と母が優しかったことは、よく覚えていた。
……いつも寝る前に母が聞かせてくれた波乱万丈な冒険者の物語。
ワクワクと聞きながら、けどそのような生活とは無縁な平穏な日々。
俺にとっては幸せな生活だった。
俺はそれが一生続くのだと思っていた。
――だが、違った。
町に魔物が現れ、人々を喰らっていった。
抵抗する騎士や町に滞在していた冒険者は皆殺され、逃げ惑う人々も殺された。
俺も死を覚悟した。
必死に逃げていた俺の背後に魔物が迫っている。
町の人たちみたいに食い殺される。そう思ったときだった。
冒険者が現れ、俺へと襲い掛かっていた魔物を切り裂いた。
……助かったのだ。
それから俺は、彼らとともに避難した。
避難してから数日が経つと、魔物は殲滅され、町は落ち着いた。
運が良かったことに、魔物たちは人を襲っただけで町自体はほぼ無傷だった。
……すぐにまた人が住んで暮らしていける。
ただ俺は、冒険者を目指すことを決意した。
魔物たちと戦えるだけの力が欲しい。
今のままでは、また何かあったときに大切なものを守れない。
だから俺は、冒険者を目指し、町を出た。
町一つを守り抜いたといわれる英雄のように――。
国を襲った竜を討伐した竜殺しのように――。
様々な冒険譚を聞いて育った俺は、少なからず抱いていた冒険者への憧れを叶えるために冒険者ギルドへと向かった。
「ハズレスキルですね」
ギルドの指示に従い、俺はスキル獲得の儀を受けに行った。
そして獲得したのは『正拳突き』と呼ばれるスキルだった。
ハズレスキル。初め、言葉の意味が分からなかった。
詳しく受付に聞いた俺は、絶望するしかなかった。
『正拳突き』は、戦闘には不向きなスキルらしいのだ。
――悔しかった。
俺を助けてくれた冒険者のように、俺も誰かを助けられるような冒険者になりたかったのに……。
スキルは通常複数獲得できるものらしい。
俺は一つのみ。そしてそのスキルが大外れの『正拳突き』……。
このスキルは、相手を殴りつけるスキルだ。そこそこの威力ではあるが、発動までに隙があり、何より無手で敵と戦う必要があった。
剣や槍、弓や斧といった優れた武器が多い中、拳のみを使って戦う意味はない。
受付の説明を聞き、命を落とす可能性があるとわかった以上、冒険者を続けるのは難しいと思った。
冒険者になりたい。けれど、両親の『元気に生きてね』という言葉――。
俺は冒険者を諦めるしかなく、町の復興を手伝うことにした。
町の手伝いをしながら毎日を生きていた俺は、偶然助けてくれた冒険者と出会う機会があった。
『俺も、あなたみたいな冒険者になりたかったんです……けど、俺はハズレスキルだったんです……』
『……そっか』
『……けど、俺もあなたたちみたいになりたいんです。誰かのために、戦いたいんですっ!』
こんなことを言われても迷惑だろう。
けど、冒険者は黙って聞いてくれた。
『……どんなスキルだって、鍛えれば強くなるかもしれない。諦めるにはまだ早いんじゃないか?』
彼の言葉に、はっとさせられた。
スキルは使い続ければ強化されていく。
最弱と呼ばれた『正拳突き』だって、いつかは戦える程度にはなるのかもしれない。
……彼のように、命を救えるような冒険者は無理だろう。
だが、少し困った人を助けられるくらいにはなるかもしれない。
俺は町の復興を手伝いながら、その日から時間さえあれば『正拳突き』を放つことにした。
〇
一日六時間。
それが、俺の『正拳突き』に使える時間だ。
朝早くに置き、畑仕事を済ませる。
夕方日が暮れた頃に、ひたすら『正拳突き』を行う。
足りないものは、威力だ。
剣や斧の基本的な材料は鉄。
人間の拳がそれに勝るほどに到達しなければならない。
このスキルを使って戦うというのなら、まずは鉄を破壊すること。
そこからだ。
俺は安価に手に入った騎士の甲冑へ向け、正拳突きを行い続ける。
初めは指が痛いなんてものではなかった。
当たり所が悪いときは骨折までしてしまったこともある。
それでも、ポーションで傷を治療しながら、何度も何度も殴り続ける。
それを一年間続けた俺は、少しずつではあるが成長しているのが分かった。
『正拳突き』を発動するのは俺の体だ。
初めのうちは慣れない『正拳突き』に体の節々が痛くなっていたが、今ではそれもなくなった。
畑仕事とこの訓練のおかげで、肉体はいつの間にか立派に育っていた。
それでもまだダメだ。
鉄の甲冑を破壊するような威力はない。
まずはこれを突き破れるくらいにはならないとだ。
ただがむしゃらに、正拳突きを使用する。スキルを発動すれば、体は勝手に適応して最適の動きを行ってくれる。
逆に言えば、スキル発動中は体が勝手に動いてしまうともいえる。
――それでも、まったく関与できないわけではない。
力を入れ、より威力を高めることだってできる。
もっとスキルを深く理解しなければならない。
〇
さらに五年が経過した。
正拳突きだけを行うなら、スキルを使わなくともできる。
だが、スキルを使った方が威力が高くなっている。
町の復興はだいぶ落ち着いてきて、俺も今ではほとんど関与していない。
自分の持っていた畑の様子を見る程度で、あとはほとんど毎日拳を振っていた。
気づけば、正拳突きを一日に行う時間は十時間近くとなっていた。
ひたすら拳を振る。
町に訪れた魔法使いに作ってもらったミスリルの鎧を身に着けた人形へと拳を振りぬく。
――鉄の鎧を拳で突き破ったのは二年前の話だ。
それを喜んでいたのも束の間だった。
町にやってきた冒険者に聞いてみると、魔物の体はミスリルのように堅いといわれた。
……鉄を破れた程度で満足してはいけなかったのか。
俺はずっと貯金していたお金を使い、ミスリルの鎧を購入した。
それを魔法使いに頼み、土魔法で人形を作り、鎧を飾った。
それにひたすら拳を叩きつける。
魔法使いは大して才能がないと言っていたが、鉄の鎧を破る威力になった俺の正拳突きでも、びくともしない人形を作ってくれた。
……世の中、広いものだ。
あの魔法使いでさえ、才能がないと言っていた。
……まだまだだ。
〇
ミスリルを殴り続けて二年。
ミスリルの鎧を破ることに成功した俺は再び、冒険者に話を聞いた。
酔っぱらっていた冒険者たちは、魔物の体はオリハルコンのように堅いと言っていた。
まだ、足りない……か。スタート地点にさえ立てない自分が腹立たしい。
……ミスリルを破れた程度で満足してはいけない。
改めて俺は戦闘の準備を整えた。
だが、さすがにオリハルコンの鎧を用意するには金が足りない。
町に遊びに来る魔法使いに相談すると、オリハルコンの鎧をタダで用意してくれたのだ。
たまたま手に入ったものだったらしい。
とにかく俺は感謝し、今持っている金をすべて彼女に支払った。
それから再び、毎日正拳突きの日々が始まった。
〇
オリハルコンの鎧を殴り続けて、五年が経過した。
一向にオリハルコンは破れなかった。
――一体、世の中の冒険者たちはどれだけの力を持っているのだろうか。
これだけ長く鍛錬を積んできた今だからわかる。
あのとき、冒険者に無謀にも挑戦しなくてよかったと思う。
受付は命の恩人だ。
あのまま冒険者になっていれば、俺は恐らくなすすべもなく死んでいただろう。
大きく深呼吸をしてから、全身に力を入れる。
「ハッ!」
スキルを発動し、気合とともに拳を振りぬきオリハルコンを殴りつける。
いつもと同じ感触――ではなかった。
次の瞬間だった。オリハルコンの鎧が内部から破壊された。
――やっと、この時が来たのだ。
これでようやく、俺は冒険者の入口くらいには立てたはずだ。
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