【長編版】あまり頭がよくない文系の本好きで、何が悪い!!

猫のまんま

プロローグ

第0話 馬鹿な先輩との出会い方

 文芸部二年の私、冬中 空(ふゆなか そら)は、部室で椅子に座り唸っていた。


「むむー……はぁ、どうしたものかぁ……」


 そこへ、向かい側の椅子でアニメ絵の表紙がついたライトノベルを読んでいる後輩、水木 連(みずき れん)が本に目線を移したまま話しかけてきた。


「一体どうしたんですか? 先輩? そんなに考え込んで――――もしかして、太ったんですか?」

「太ってないよっ! ……ちょっと気にはなっているけど!」


 相変わず、失礼な後輩である。これでも女の子なんだぞ、私は。


「なら、どうしたんですか? お腹が空いたとか?」

「食べ物から離れようか!? 私を食いしん坊キャラにしたいのかな!?」


 本当に失礼な後輩だ!


「ならなんですかー?」


 ページをペラリ。蓮くんはどうやら私の話よりも本の続きの方が気になるようだ。


「ぐぬぬ……またテキトウな返事をして!」


 また無言でペラリ……これが現代の子供の姿なのだろうか。先輩として悲しいよ!


「……いやーね! 今年の新入部員は蓮くん一人だったなー、と思って!」

「一人だと何か不味いんですか?」


 元々、そんな人気じゃない部活とは私も思っていたけど、まさか男の子一人しか文芸部に入らないとは思わなかった。

 私の学校は1年生は何かしらの部活に全員加入制である。男女問わずどこかの部活に入ることが必須で、男子は運動部系、女子は文化系に入部すること自然流れみたいなものになっていた。その中でも人によっては、男子でもスポーツが苦手だったり、女子でも体を動かすことが好きな人もいることにはいる。

 目の前の後輩くんもその一人だろう。元から部員が少数になる文化部にはありがたいことだ。女子だろうが男子だろうが、部員は部員、私はそれについては文句はなかった。でもなー……。


 ちなみに、季節は5月初頭。これからの新入生の入部は絶望的だ。


「まったく、どぅしたもんかな~」


 私は、部室の天井を見上げた。

 しばらく、私と蓮くんとの会話に間が空いた。


「……」

「……」


 ペラリ。……く、首が痛い。


「……ふ、普通さ。もう一回、どうしたんですかって聞くものじゃない?」

「え? あぁ……どうしたんですか? 先輩」


 こいつ、小説読むのに没頭してたな。


「……(ジー)」


 私は顔を上に向けたまま、蓮くんがこちらを見るまで横目で蓮くんの様子を窺った。蓮くんの表情は本を読むことに集中しているせいか真剣に見えて、見ていてちょっと面白い。


「……だから、何がどうしたんですか。先輩」


 さすがに私がずっと見ていることに気づいたのか、蓮くんは少し恥ずかしそうにしながら読んでいた本を置いて私の方を向いてくれた。やっと、本題に入れる。


「実は――――部費がほしい」

「……はぁ?」


 あれ? 聞こえなかったかな? 

 蓮くんが聞き返してきたので、私は声高にもう一度答えた。


「部費がほしいんだよ! 私は!」

「……」


 沈黙。


 私、なにか変なこと言った? なんか、蓮くんがすごい私のこと見てひいているんだけど、どうしてかな?


「……どうして部費がほしいんですか?」


 蓮くんが、私に理由を聞いてきた。なので、私は喜んで答える。


「えっとね! 部室に、本がほしいから!」


 ……あ、蓮くんがまた読み始めた。

 むむ! 先輩を差し置いて本を選ぶとは、さすがは文芸部。


「私、何か変なこと言ったかな?」

「……えぇ、先輩は元から変です」


 後輩の発言は、相変わらず豪速球だ。直球ストレート。


「ひどい!! でも、変でもいいから私に新刊買って!」

「何の関係があるんですか、僕とその本に!」

「買ったら、二人で新しい本が読めるじゃなーい! 面白いそうだったよ! あらすじは!」

「だからと言って、なんで僕が買って来ないといけないんですか!」

「……だって私、今月のお小遣い使ちゃったもん。続きが出てる本が多過ぎて……私はもうすっからかんなんだよ! ほら見て! この財布の中身!」


 私の財布の中は雀の涙どころか綿埃すら出やしない。金運アップのお守りが二個入っているだけである。繰り返すが、まだ5月"初頭"の話である。


「うわぁー……」


 これには蓮くんもガチひき。どうしてだろうか、お守りを二個入れていることがそんなに変だろうか?


「……さすがに飲み物代もないのは悲しすぎるので、僕の小銭を少し分けますよ」


 やったー! お守りの効果が出たぞー! 二百円儲かったー!!


「って、違う!! これじゃ私が後輩にタカっているみたいじゃないか!」

「違うんですか?」

「違うよ! 私をなんだと思っているの!? ……いやまてよ。中古の本だったら二冊は無理でも一冊は……あるいは……」

「おい」


 冗談はさておいて。私は蓮くんがくれた二百円を返した。これでも私は『先輩』なのだから、後輩には迷惑かけられない。


「でも、ありがとうね」

「……」


 蓮くんはそっぽ向いた。全く、素直じゃないなー。


「だいたい部活の部費を私利私欲に使える訳ないじゃないですか」

「え?」

「先輩……」


 蓮くんが可哀想な人を見る目で私を見てくる。そんな顔で見なくていいじゃないか、これでも真面目に考えているんだよ? 本当だよ?


「なら、部費って何に使うのさ! 文芸部なんだから本を買っていいんじゃないの?」

「本って言っても先輩の趣味でしょう?」

「そうですけど、何か?」


 また可哀想な人を見る目……私、泣いちゃうぞ?


「なら、諦めてください!」

「そんなぁ、ご無体なぁ~」


 私は、蓮くんにすり寄った。読んでいた本でガードするとは女性の扱いがなってないぞ。そんなじゃ女の子に嫌われちゃうぞ?


「もぅこっちに来ないでくださいよ! 今僕は本を読んでいるんですから!」


 いつも意地悪な後輩だけど、きっと私には正直になれないだけ! さぁ! 私を、甘やかして! 


 さわさわさわ~。


「……」

「あ、こいつぅ! 私を無視してる! いい度胸じゃないか!」


 心なしか、蓮くんの顔が若干赤い。もしかして、くすぐったいのでは!?


「それ~!」

「……!?」


 蓮くんは、慌てて私とは逆の方向に体を向けた。


「あーなんで反対向くの! 私の手が届かないでしょ!」


 蓮くんの顔がさらに赤くなった。私は、後輩の弱点を一つ見つけたのかも知れない!


「ほれほれほれ~!」

「ちょっ……! 先輩! それは……! ちょっと……!!」


 私の秘技は蓮くんに通用するみたいだ。息も絶え絶えしい。そろそろ止めないと痛いしっぺ返しがやってきそうだ。


 そんな中、ふと私は蓮くんが読んでいる小説に目を向かった。


「ん? それって今アニメやってるやつだよね?」

「はぁ……はぁ……え? あ、はい」


 未だに、蓮くんは顔が赤い。ちょっとくすぐり過ぎたかな? ……心なしかちょっと睨んでいる気がする。


「面白いよね、それ! 私も読んだんだけど! 本当に面白くて! 今出てる最新刊まで読んでいるんだけど――」

「先輩! そ、それちょっと待っ……」

「――まさか、主人公に隠された秘密の力があったのがびっくりしたよ! ただの凡人って書いてあったから何の能力もないと思っていたけど、相手の能力をコピーする能力を持っているとは私は思わなかったよ!」

「……」


 ……あれ? 蓮くんが私を見てる。

 『こいつ、やりやがった』って目で……はっ! もしかして!?


「それ何巻?」

「……三巻です」


 ちなみに、私が言っていた話は最新刊の七巻の話である……や、やっちまったぜ。


「……な、なるほど~」


 私は、そっと蓮くんの目線から目を逸らす。なのに、どうしてだろうか。蓮くんの視線で私が居た堪れなくなるのは。


「またやりましたね先輩」

「ははは」

「……笑いごとでは、ないですよ?」

「……」

 

 やばいな、見るからに先輩としての威厳が蓮くんの中で失墜していくのがわかる! さすがにネタバレ二度目は不味かったか!?


「……ごめんね?」


 私は、蓮くんの前で手を合わせて謝った。蓮くんは、少し驚いた様子を見せて読んでいた本に顔を埋めてしまった。


「はぁ……いいですよ。別に」


 どうやら、私は許されたらしい。


「――でも、もう一回したら許しませんけどね」


 蓮くんは本の陰からからこちら見るようにして私に忠告してきた。私の先輩の威厳は下がるどころか、どうやらなくなってしまったみたいだ……まぁ、最初からあったのか謎だけども。


 これがネタバレ二度目というのは、蓮くんと出会って間もない頃にすでに一回私がやらかしているからである。でも、蓮くんと仲良くなったのもネタバレがきっかけだった。


 私は基本、人見知りだ。仲良くなってしまえばおしゃべり魔と呼ばれるぐらい饒舌になれるがどうしても最初は緊張してしまう。

 新学期が始まって、私は新しく入る部員に心を踊らせながらも初めてできる後輩という存在に緊張していた。


 私は部室で一人待っていると、入部希望の子が一人だけやって来た。それが蓮くんだった。


 ずっと、変な汗が出っぱなしだったけど、なんとか仲良くなろうと私は試行錯誤した。

 ニュースの話とか、芸能の話とか、苦し紛れに天気の話までした。けど、蓮くんのは私に対して素っ気ない態度をとっていた。


 そんな蓮くんに私の心情はさらに焦った。


 文芸部に入ろうと思って来てくれたのは蓮くんただ一人だけだったから、私はどうにか場を盛り上げる糸口を探した。傍から見れば変な人だろう。しかしその時の私は何ふり構わず必死だった。


 すると、蓮くんのバッグから本の表紙がチラリと見えた。それは私も読んだことのある文庫サイズのライトノベルの小説だった。

 私はすかさず、その事を蓮くんに伝えた。蓮くんも、本当ですかと食いついてきて盛り上がりそうになった。なので、私は調子に乗って、私がその本について知ってことをすべて蓮くんに話したのだ。……それがダメだった。


 蓮くんは、ただ気にいったアニメの原作はどうかなと思って読んでいるだけだったみたいで、序盤の内容しか知らなかった。

 それなのに、私はその時も、原作の最新刊の内容まで蓮くんに伝えてしまった……もちろん、アニメもそんなところまで放送はされていない。


 その時、空気が凍った。


 いやーあの時の私は大変焦ったね。蓮くんの様子が見るからに変わったから、いくらバカな私でもわかった。


 ネタバレされた蓮くんは、私を疑って質問攻めにした。

 剣幕に気圧された私が答える度に、蓮くんはスマホで調べて確認していた。それで、私が言っていることが合っているとわかると蓮くんは押し黙った。


 いやー大変不味いことをしたー……と、さらに私は嫌な汗をかく。


 どうしようどうしようと思って、私が考え込んで座りこむ。

 すると、数分経ってからだろうか。私の様子を眺めていた蓮くんがこう言ったのだ。


 「……バカな先輩ですね」


 蓮くんは笑っていた。それから、蓮くんは「あまり気にしてないですよ」って言って帰った。


 私はその日、完全に失敗したと思った。もう絶対来てくれないとも思ったよ。


 しかし、落ち込んだ気持ちのまま私が次の日に文芸部の部室に向かうと、そこには蓮くんの姿があった。


 そして平然と座って、昨日蓮くんのカバンに入っていた小説を読んでいた。


 なんでいるの?


 私は疑問に思った。昨日は失敗したと、私は思っていたから尚更である。

 すると、蓮くんは私に向かってこう言った。


「行くとこないんで入部します。この本、僕も好きなので」


 蓮くんは、持っている本の表紙を私に見せた。それは私がネタバレした本だった。

 その言葉を聞いた私は嬉しさのあまり言葉を返した。


「……もしかして、君はツンデレかい?」


 当然、その時の蓮くんには無視されたよ。


 今、同じ言葉を蓮くんに投げかけたら、多分私は文庫本の角で叩かれるであろう。そのくらい、現在は仲良くなっている気がする。


 ……うん、仲良くなっているはずだよね?


「――何をそんなに考え込んでいるんですか?」


 気がつくと、私は蓮くんと出会った頃を思い出していた。思い出すも何もつい1ヶ月ぐらい前のことだから忘れやしない。


「蓮くんと出会った頃を思い出して……仏の顔も三度までだろうな~と」

「なるほど。先輩のネタバレは二度目ですからね?」


 蓮くんは、私のことをジーッと見た。私はその目を逸らして話題を変えた。


「ど、どうして蓮くんは文芸部に入ってくれたのかなー?」


 蓮くんは、照れくさそうに答えた。


「それは、先輩がバカだからです」


 ……なんてハッキリ言う後輩だろうか。嬉しく涙が出そうになる。


「私がバカだから……?」

「はい」


 なんだろう……私は後輩からいじめを受けてるのかも知れない。どうしたらこんなにストレートに物を言えるのだろうか、不思議でならない。


「う~ん?」


 私は腕を組み、頭を傾けて考え込んだ。蓮くんが言っていることの意味を。しかし、答えは出ない。蓮くんは意地悪だから文字通りバカな私には思いつかない。


「……そういうとこですよ」

「え?」


 私が顔をあげると、蓮くんは私を見て笑っていた。


「先輩が真剣に考えてくれているところを見ると、別にこの部活でも嫌じゃないなと僕は思ったんです」


 うーん、なるほど?


「バカな先輩は嫌いじゃないってことです」


 それは私を誉めてるの? 貶してるの?

 蓮くんは私の姿を見て笑っている。


「やっぱり、蓮くんはツンデ――」


 その言葉を口にする前に、私は案の定、蓮くんに文庫本の角で軽く叩かれたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る