ラノベは無償の善意をただ働きと一切敬わない

 勤務時間中には誰よりも大きな声を出して客に頭を下げているのに、仕事が終わると恐ろしくケチで、誰にも親切にしようとしない人間がいる。

 口癖は、「タダより高いものはない」「自己責任」「この世にタダのものはない」「商人は誰よりも道徳的で、貧乏人は自助努力しろ」「福祉に頼るな」「格差拡大は当然」「一銭も無駄にするな」


 勤務中には優しく、勤務外には厳しい人間は、厳しい人間である。彼らは仕事の神に命じられなければ、他人に優しくしない。

 ならば、勤務時間外にこんな説教をする「接客熱心」な人間は、誰に対しても恐ろしく冷たい人間なのだろう。

 接客を熱心にすればするほど、反比例して仕事以外の場では他人に親切でなくなる傾向があるのは、自明のことである。これが分からないのは、接客経験がない世間知らずだけだ。

 (分からないなら、接客バイトを始めた優しい知人の性格の変貌ぶりを想像したまえ)


 しかし、ラノベは人間心理の真実に触れない。

 「ケチだった人間が、接客経験を通して優しくなった」という神話ばかりを提示する。よくみたら「優しかった人間が、接客経験を通して無償の善意の馬鹿らしさに目覚め、カネにならない善行をやめる」展開であっても、それを糾弾することは許されない。「内向から外向へ」を祝福し、「外向から内向へ」をとことん憎悪する方向しか許されない。


 そもそもサービス業の面接の場合、「ケチで内向」と思われた人間は、決して採用されない。フランチャイズ店はみんなそうだ。実在の店員を相手にそんな物語が提示された場合、それは商売のための完全なフィクションだ。実際には「ケチで内向」と思われなかったから、面接で採用されたのだから、設定そのものが誤っている商売のウソだ。


 しかし、商業資本がいかに実在を否定しても、世の中には無償の善意というものが実在する。自分に対して、直ぐに見返りが返ってこないのは分かりきっているのになされる善意。これが無償の善意である。


 勤務時間中にこんな善意は示せない。

 勤務時間中の善意は、すべてお金のためのものでしかない。

 彼らは同僚を出し抜き、上司に気に入られるために「無償の善意」に見えるようなことをやっているのである。

 勤務時間中の善意はその程度のものだ。

 そう思われたくないなら、勤務時間外にやれ。


 ラノベが無償の善意を何よりも嘲るのは、商業主義の醜い属性だ。


 


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