第28話 英傑たちの帰還

 タウラ、マルス、ハンニバルは死神の食道を抜けた。南の国レジーナの先頭にいた軍勢と小競り合いがあったが、クロス・リードを失った隊の統率は緩慢で、一気に突破した。それから一昼夜かけて進み続け、ようやく大陸の喉仏を抜けた。

 不思議なもので、大陸の喉仏を越えると北の国グラジオスの領土になるのだが、国が変わったというだけで鼻に入る空気は違う匂いに感じた。タウラは大きく息を吸いたかった。ハンニバルと共に南の国に降り立ったときには起こらなかったこの感覚は、おそらくグラジオスが自分の故郷だと肌で感じでいるからだろう。

 現代では、カイル親子と一緒に南の国へ旅したことがあるけど、そのときよりも落ち着くというか、安心する。

 途中に寄った町で馬車を拾い――三英傑が二人も揃っての訪問に町は大盛り上がりしたが、挨拶だけ済ませ、長居することなく――馬を疾らせた。

「町に寄れたのはありがたかったね。馬を借りれられたし、食料も分けてもらえた。それに」

「町の人々も少しは安心しただろう。レジーナが大陸から侵攻してきた場合、地理的に一番狙われやすい町だからな」

「マルスの知名度あってこそでしょ。グラジオスの人気者なんだし」

「こういうときは、肩書が重みとなって役に立つな」

 タウラはマルスの腰に手をまわして乗馬していた。馬の駆ける足音が心地よかったが、落馬しないようにするのがやっとだった。なぜ、マルスの後ろかというと、ハンニバルには「男に抱きつかれたくない」と即却下されたからだ。

「タウラ、大丈夫か」

 ちらりと後ろを向いたマルスに、タウラはうなずく。

「ここまで着けば一段落だね。本営も近い。タウラくん、もう少し辛抱しな」

 ハンニバルから声をかけられるも、タウラの意識はもうろうとしていた。クロス・リードとの戦いで負傷した箇所が痛んだ。それには堪えられる。だが、気力が出てこない。精も根も尽き果て、身体から芯が抜かれてしまったみたいにふらついてしまう。どんなに稽古をしてもここまでにはならなかった。生死を賭けた実戦を経験したのと、エラの「声」を聞いたせいだろうか。

 公道をしばらく北上し、北西の森を抜けると、グラジオスの軍旗が視界に入ってきた。グラジオス軍が臨戦態勢に入り、武器を持って対処しようとするも、乱入者たちがマルスとハンニバルと知ると、兵士たちは飛び上がって喝采した。捕らわれていた軍隊長が帰還したのだ。一人の兵士がマルスに駆け寄った。マルスが捕まったことを報告しにきた兵士だった。

「マルス隊長、お帰りなさい。ぶ、無事で、よかったですっ」

「心配かけたな。敵に襲われながらも国へ帰還し、よくぞ王に報告してくれた。礼を言う」

「ぐすっ、お礼なんて。たいぢょおおおお」

 兵士は子どものように泣いてしまった。マルスはあやすように兵士の背中をぽんぽんと叩いてやった。マルスとハンニバルは兵士たちに囲まれもみくちゃにされている。奥から一人の兵士が走ってきた。

「ハンニバル殿、お怪我はありませんか。まったくいつも無茶ばかりしなさって。今回の件は特にですぞ! むむ、肩に傷を負われているではありませんか! レジーナの奴らめですな。許せん、許せんぞ。いまからわしが根絶やしにしてくれよう」

 歳を感じさせるも、たくましい声だった。ハンニバルの二倍は生きているであろう老人が、ハンニバルの傷を見て顔を真っ赤にしていた。

「大丈夫だよ、ハング爺。もう痛みも引いたし」

「なにが大丈夫なもんですか。敵もさることながら、あなたも油断されたんでしょう。わしはいつもいつも散々言っておりますが、慢心は身を亡ぼすから重々気を付けるようにと」

「今回は強敵だったんだよ」

「いいや、あなたの腕が落ちたのです。グラジオスの英傑が戦死なんてしたら国民をどれだけ落胆させるか。しっかりと自覚できるようにわしが鍛えなおしてあげます。さあ、こっちへ来なさい」

「うそでしょ! おれ、帰ってきたばかりでへとへとなんだけど」

「心身ともにくたびれてからこそ、本当の稽古の始まりです」

「ちょっと、マルス。助けて」

「ハング殿、よろしくお願いいたします」

 いやがるハンニバルをひきずるようにして、老兵は連れていってしまった。兵士たちは笑っていた。数日間、ずっと一緒にいたからあたり前のように感じていたが、マルスもハンニバルも、実力はさることながら、グラジオスではだれもが知っている国民的人気者なのだ。

 その夜、タウラたちはマルス奪還の報告のため、王の幕者に集まっていた。

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