第25話


 朝、目が覚めて……まずはおどろいた。

 俺の目の前に、芽衣がいたからだ。

 一瞬息をのむ。……顔、ちかっ。


 お互い寝返りをうったためか、どっちもあと少し動けばキスできてしまいそうなほどの距離だった。

 俺は横向きだった体を仰向けにする。それから、小さく息を吐いた。


 ……そういえば、昨日は芽衣が怖いからといって一緒に寝たんだったか。

 昨日は色々あって、夜のランニングもできていなかったな。だからか、朝早く起きてしまったようだ。

 

 ちょっと体でも動かしてくるか。まだ朝五時だしな。

 俺が体を起こそうとすると、芽衣が俺の腕をつかんでいたため、彼女の腕も動いた。

 ……それにあわせ、芽衣が目をゆっくりとあけた。


「に、兄さん……。兄さん!?」

「ああ、おはよう。昨日、一緒に寝たこと、忘れてたのか?」

「一緒に、一緒に……っ! あっ、そういえば……そうでしたね」


 ぷしゅーっと煙でも出ていそうなほどに顔を赤らめた彼女に、俺は苦笑する。


「もう大丈夫だろ? 俺はちょっとランニングに行ってくる。七時までには戻ってくる」

「分かりました。気を付けてくださいね」

「ああ」


 ま、夜と違い朝から何かあるということもないだろう。

 俺は軽く伸びをして、家を出た。

 この時間だと街は恐ろしいほどに静かだ。

 ほとんど、人は見かけないな。


 新聞配達や犬の散歩をしている老人くらいだった。

 ……まあ、近所づきあいなんてほとんどないので知っている人はほとんどいない。


 朝の気持ち良い空気を胸いっぱいに吸い込み、近くを走っていた俺は――


「あれ? ……せ、先輩?」

 

 ちょうどコンビニから出てきた二枝に遭遇してしまった。

 ……うわ、まじかよ。

 今日の星座占いは最下位だな……。


「……よっ」

「……な、なんで朝から運動なんてしているんですか!? ていうか、先輩って運動とかするんですか!?」

「まあ、体動かすのはわりと趣味なほうだが……どうした?」


 二枝はコンビニ袋を持ち上げ、顔を隠すようにしていた。

 ……奇怪な行動だ。

 わずかに見えた彼女の耳は、赤く染まっている。


「い、いや……だってその……まさか、先輩に会うなんて思っていなかったので、その化粧とかしてないですし……」


 俺なんかに会うのでも化粧って必要なのだろうか?

 ……ああ、すっぴんみられて俺にからかわれるネタを提供するのが嫌だったのかもしれない。


 というかさっき見た感じ、ほとんど変わらなくないか?


「別に変な感じはしなかったがな。ま、そういうことなら俺はこれで」

「待ってください先輩」

「うお……っ」

 

 二枝から逃げるように走ろうとしたところで、彼女が手首をつかんできた。

 不意に引っ張られ、体が傾いた。


「なんだ?」

「いやその……せっかくこうして会ったんですから、ゆっくり話しませんか? アイスかったんで一本あげますよ?」


 彼女は安いソーダ味のアイスをこちらへと向けてきた。

 ……まあ、くれるというのならもらうか。

 俺は彼女に並ぶようにして、二枝のマンション目指して歩き出した。


「先輩っていつも朝この辺走ってるんですか? ていうか、そもそも運動とかするんですね」

「まあ、それなりにはな。ただ、普段は朝じゃなくて夜走ってるんだ。昨日は色々あったからな」

「色々って私たちが家に行った以外にも何かあったんですか?」

「ああ、まあ色々とな」

「色々ってなんですか?」

「いや、別になんでもないって」

「教えてくださいよ、気になるじゃないですか」

 

 ……しまったな。下手なこと口にしなければよかった。

 二枝が俺の腕をつかみ、駄々をこねる子どものように揺すってきた。


「……大したことじゃないって」

「隠しているってことは、言いづらいことなんですね?」

「別にそういうわけじゃない」

「それなら教えてください」


 ……俺は考えてから、言うかどうか迷った。

 昨日の芽衣の行動は、少々過剰な部分もあったからな。


「一つ聞いてもいいか?」

「今、質問しているのは私ですよ? ……まあ、いいですけど、なんですか?」

「二枝って兄妹とかいるのか? 上でも下でもいいけど」

「……いちおう、いますよ。兄と姉が」

「そうなんだな。……妹として、兄と一緒に風呂に入るのは抵抗あるか?」

「ありますよ! ていうか、入ったんですか!?」

「……まあな。なんか昨日の芽衣の様子がおかしかったからな。……それで、ちょっと聞いてみたいと思ったんだ」


 風呂に入るまでは過剰なんだな。

 

「……やっぱり、芽衣はそうなんですかね」

「何がやっぱりそうなんだ?」

「あー、いえ……こちらの話しです。それで……変なことしてないですよね?」

「当たり前だろ。妹相手に何かするわけないだろ」

「そうですか。そうですか、そのまま妹さんとして接してあげてくださいね」

「それは妹的立場のアドバイスか?」

「いえ、女としてです」


 はぁ、よくわからんが二枝はにこっと笑っていた。


「他には何かしたんですか?」

「ホラー映画見て、夜寝れなくなった芽衣と一緒に寝たな」

「い、一緒に!? 変なことしてないですよね!?」

「してない。……ま、映画みてたら夜遅くなったから、今走っているわけだ」


 だからもう、再開していいか?

 しかし、二枝のマンションにつくまで、このやり取りはなくならそうだった。


「……そうなんですね。つまり、芽衣は私たちの登場によって焦りだしたということ……なんですね」


 二枝は呟くようにそんなことを言う。……何に焦るんだ?

 さっぱり分からなかった。

 二枝は何度か納得したように頷いてから、笑顔を浮かべる。


「先輩って運動は得意なんですか?」

「……球技は苦手だ」

「あっ……確かに団体競技とか苦手そうですもんね……」

「いや、誰も団体競技とはいってないだろ。個人競技だろうが、ボール扱うのはマジで無理だ」

「そういうものなんですね。体動かすこと自体は得意なんですか?」

「……まあ、それなりには」


 ただ走るだけ、とかそういうのなら得意だ。

 といっても、学校の体育とかはあんまり好きじゃないんだよな。

 誰かに指示されてやる運動は嫌いだ。

 やはり運動は自分で考え、自分の好きなように動かないとな。


「なるほど、ちょっと納得したかもしれません」

「何にだ?」

「カフェで私が変な奴に絡まれたときありますよね?」

「……ちょくちょくあるよな。おまえ、犯罪者を生み出す能力か何か持っているんじゃないか?」

「向こうが勝手に絡んでくるだけですよ。とにかく、私を何度か助けてくれたことあったじゃないですか。相手が殴りかかってくるようなマジでヤバイのがいたときもありましたけど、そのときあっさりと対処していましたので」

「……まあな。昔からいじめられることがよくあったから、喧嘩慣れはしているほうだ」


 自分の身を守るには強くなるしかないからな。

 そういうわけで、体を鍛えいじめられないようにしたのだ。


「先輩いじめられていたんですか?」

「まあな。てか、現在進行形でいじめられているだろ」

「え、誰にですか?」

「お、おまえに……」


 これを直接言うのは中々勇気がいる。

 ……だから世の中のいじめられている子を見た人たちは誰かにそれを伝えてあげてほしい。

 俺がいうと、二枝は驚いたようにこちらを見てから、首を振った。


「い、いじめてないですよ! からかっているだけですっ」

「そうかもしれないが、いじめている奴はみんなそういうものなんだ」

「わ、私……本当に違います! わ、私……その……せ、先輩と関わりたくて……けど、そのどうやって……声をかければよいか分からなくて……これでも、その中学から女子高に通ってて、どうやって接したらいいのかとか、全然わからなくて……す、すみませんっ」


 二枝があたふたとした様子で、そんなことを言ってきた。

 

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