第20話

 ……二枝がどうしてこんなところにいるのだろうか?

 二枝は、見たところ学校帰りだ。


 彼女はカートと買い物カゴを持っている。

 ……つまり、二枝もおそらく。俺たちと同じように買い物に来たのだろう。

 ……最悪なタイミングだな。二枝にこんな状況を見られるとか、恥以外の何物でもないっ。

 あとで絶対、好き放題からかわれるに決まっている。


 こんなネタを提供してしまうなんてな……今でこそ二枝は驚いたような顔を向けているが、落ち着いたところで好き勝手に言ってくるだろう。

 八雲と芽衣をちらと見る。……え、なんで三人とも俺を見ているんだ? その俺に説明して、とばかりの視線を向けてくるのはやめてほしい。

 一番困惑している様子なのは芽衣だ。


 まあ、八雲は以前二枝とは会っているからな。芽衣は完全に初対面なのだから、その反応はむりからぬことだ。


「こいつは二枝だ。……アルバイト先の後輩で、まあそういうわけで知り合いだな。それで、こっちは芽衣。俺の妹だ」

「初めまして。……まさかこんな可愛い妹さんがいるなんて思わなかったです。高校一年生ですか?」


 八雲と同じ制服を着ているため、そう予想ついたようだ。

 こくり、と芽衣はうなずいた。


「はい、そうです……あなたが、二枝さんですね」

「……はい」


 じっと二人は見つめ合う。……いや、芽衣の視線は鋭く、二枝も困惑している様子だった。

 どういうことだ? なぜ喧嘩腰?


「彼女は妹って言っても、血のつながりはないみたいよ。だからま、そういうことだから」


 いや、何がそういうことなんだよ。まったくもって理解不能だ。

 しかし、二枝は八雲のその少ない言葉ですべてを把握したようだ。二枝の顔つきが少し変わる。

 ……三人はなぜかお互い意識しあうように視線をぶつけていた。……そこで気づいた。俺たちが注目を集め始めていることに。


 ……そりゃあそうだよな。ここにいる三人は、みな美少女だ。そんな奴らが集まって囲むようにしてにらみ合っていたら、嫌でも目立つ。

 普通に歩いているだけでも注目されるだろうしな。


「なんか、目立ってるみたいだから……ここで話しあうのはやめにしないか?」

 

 俺がそういうと、彼女らもようやく現状に気づいたようだ。

 俺たちはそそくさと必要なものを買いそろえ、スーパーを出た。……ま、あとはこのまま家に帰ってしまえば問題ないだろう。

 

「せんぱーい、荷物重たいです!」

「俺も片手ふさがってるからな。我慢しろ」

「もう片方あるじゃないですか」

「……はぁ。おまえの荷物持ったら家までいかないとだろ。俺たちはまっすぐ帰るんだ」

「それなんですけど、このあと先輩の家に遊びに行ってもいいですか?」


 はぁ!?


「……あー、それあーしも賛成」

「いや、俺が賛成していないんだけど」

「……私が許可を出します。私も、お二人にはいろいろと、聞きたいことがありますから」


 えぇ……。それなら、俺は関係なく、芽衣の友人二人として遊びに来るということか。

 それならば、俺も何も言えない。まあ……逆に言えば、俺がいなくとも良いわけだ。


「それじゃあ、まず私の家に寄ってもらっていいですか?」

「……そうですね」

「やった。それじゃあ、先輩……お願いします!」


 二枝がさっとスーパーの袋を差しだしてきた。両手に持っていた彼女だが、明らかに俺に差し出したほうは軽そうに見えた。


「そっちのほうが重たいんじゃないか?」

「いえいえ、さすがに片手持っているのにそれはいいですよ。先輩に悪いですし」

「今更そんな小さいところ気にするなよ。ほら」


 彼女の袋を奪うように手を向けると、二枝がこちらに渡してきた。

 ……芽衣も遠慮するのだが、まさか二枝まで遠慮する姿勢を見せるとは思わなかったな。そこは少し意外だった。

 というか、普段から鍛えているのでこの程度の重さで文句を言うつもりはなかった。


「あ、ありがとうございます先輩!」


 感謝は言葉ではなく行動で示してほしいものだ。

 具体的に言うなら、今後からかうのをなしにするとかな。

 まずは二枝の家を目指し、俺たちは歩いていく。


「……そういえば、二枝さんと兄さんはバイトが終わったあととか一緒に帰ることがあるんですよね?」


 そういえば、以前一緒に帰る後輩がいるといったな。そこから予想したようだな。

 別にそんなことを気にすることもないと思うが……あっ、もしかして風呂の掃除などが遅くになるのを怒っているのだろうか?


「そうですね。帰りが遅くなると、オーナーが心配して一緒に帰るように言うんです。だから、いつも同じシフトに入れてもらうんですよ。お兄さんにはいろいろ助けてもらっています」


 ……助けたという感覚はないんだがな。

 ただ、まあ多少なりとも恩に感じてくれているのなら、日ごろの俺いじめをもう少し緩和してほしいものだ。


「あ、あなたのお兄さんじゃないですっ」


 いや別にそんなところ気にするほどでもないだろう。


「そうですね。一輝先輩です」

「……そ、そう……ですね。け、けど……兄さんだって男ですよ? 心配とかないんですか?」


 まて芽衣。お兄ちゃんはそんな心配されるような人間なのか?

 芽衣の言葉に泣きたくなっていると、二枝はちらと俺を見てきた。


「いや、別に……その……まあ、別にそういう事態になっても……別にいいっていうか……」


 二枝は、俺がそんな行為に及ぶような勇気を持っていないと知っているんだろう。こんな状況でもからかうようなことを言ってくるなんてな……。

 まあ、二枝の考えている通り、俺にそんな勇気はない。というか、そもそもそんなことしようと思うやつはただの犯罪者だ。勇気でもなんでもない。


「……そ、そうなんですね」


 とりあえず……バイトの後一緒に帰るのは今後も変わらなそうだな。

 

「芽衣、そういうわけだから……今後は先に風呂入ってもいいんだぞ?」

「はぁ? 別に今その話は関係ないですよ……?」

 

 ……え? 何がどうなっている? どう考えても風呂についての話をしていたじゃないか。

 困惑していると、二枝が住んでいるマンションが見えてきた。


「あそこが私のマンションですね」

「あっ、ここに住んでるのね。あーしの友達もここなんだよね。なんだ、結構近いんじゃん」

「それはまた偶然ですね。……とりあえず、先輩荷物貸してください。すぐにおいてきますから!」

「……ああ、わかった」


 彼女がエレベーターを呼びつけたところで、荷物を渡した。

 ……というか、このあと本当に俺の家に来るのだろうか? 話したい事ってなんだ?

 まあ、俺に関わりがなければなんでもいいんだけどな。

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