第18話


 昼休みを終えた俺は疑問しかなかった。

 授業開始ぎりぎりに戻ってきた俺たちに、クラスメートの注目が嫌でも集まったが、さすがに授業が始まるため誰も俺たちに直接聞いてくることはなかった。

 ただ、俺は次の授業前の休み時間に、周りから絡まれるかもしれない、と恐怖していた。


 授業に身が入らない……

 普段ならば、集中できるのだが、教師の声が右から左に抜けていく。


 ……芽衣が一緒に食事をしたいというのは……まあ、まだわからないでもない。

 一応兄妹だからな。芽衣は俺のことを嫌っているが、それでも気分が変わることはあるだろう。

 

 何より、両親が家にいなく家族と呼べる相手が俺だからな。寂しくなることもあるだろう。

 八雲は……この前の俺の遊園地に関して詳しく聞きたかったとかだろうか?

 大して興味を持たれなくてよかったと安堵していたが、実は結構気になっていたのだろうか?


 ……話題性こそないが、それでも俺のようなクラスで地味目なヤツが女子と二人で出かけているという状況が気になったのかもしれない。

 ……とりあえず、授業中はいいが、授業が終わった後が怖いな。


 授業が終わってしばらくして、北崎がやってきた。

 にやにやと口元をゆがめている。もうそれだけで、何を質問されるのかは容易に想像がついた。


「おい、長谷部。おまえあの可愛い子の兄なんだろ?」


 たぶん、芽衣のことなんだろう。

 俺がちらと視線だけ向けると、彼が顔を寄せてきた。


「ふざけんなよ、紹介しろよ……なんだ? ボコされてぇのか?」

「……紹介はしない」


 なんでわざわざそんなことしなきゃならないのだろうか。

 そもそも、北崎は昼休みに拒絶されていたじゃないか。

 俺が彼をじっと見ると、北崎は青筋を浮かべていた。


 しかし、暴力に訴えるようなことはしなかった。北崎は舌打ちを残して去っていった。

 ほっと胸をなでおろす。高校生にもなって喧嘩とかあんまりしたくないからな……。

 俺は息を吐きながら次の授業の準備を始める。……それ以上俺に質問してくる人間はいない。

 ただ、教室をちらと見ると、八雲のほうは何やら人が集まっていた。


「……そういえば、昼休みなんだけどさ……」

 

 八雲の友人がその切り出しから始め、俺は思わず聞き耳を立ててしまう。いったいどんな質問をされるのだろうか?

 俺の平和な高校生活を脅かすようなことはしないでほしい。

 切に願っていると、友人の口が動いた。


「昼休み、えーと……あのカワイイ子と一緒に教室出て行ったよね? 知り合いなの?」

「ああ、長谷部の妹ね」

「そうそう、長谷部……。ていうか、真理はよくあの男子の名前知ってたよね? 私名前聞いてもピンとこないんだけど」


 ……まあ、そりゃあそうだ。

 興味ないヤツの名前なんてわからないだろう。俺だって、八雲以外の名前は全く分からなかった。

 八雲だって、よく話題にあがるから覚えていただけで、それ以上のことは知らないしな。

 八雲はどこか誇らしげに胸を張った。


「まあね。あーしも最近知ったんだけどね」

「そうなんだ。……けど、どうしてあの二人について行ったの?」


 それは俺も確かに気になっていた。遊園地について聞きたかったとしても、もうちょっと場所はあるだろう。

 八雲が顎に手をあてながら、こちらを見た。目があってしまった。

 八雲はそれからからかうように目元を緩め、


「いや、あーしちょっと気になってるんだよねー」

「え? き、気になってる? ……それってどういうこと? あの妹さん、確かに可愛いけど……」

「そっちじゃないし! じゃなくて、あーし……あそこの一輝のほうがちょっと気になってるっていうか?」


 て、ていうか? じゃない! なんつー冗談かましやがるんだ!

 八雲の話を聞いていたクラスメートたちが、一斉にこちらを向いた。俺は聞こえていなかったふりをして、教科書に目を背けた。


 ……おい、変なこと言うなよ。

 クラスの連中が変な目を向けている。

 それを見て、八雲は楽しそうにしている。

 ……こ、こいつも二枝と同じタイプの人間か!


 人が困っているのを見て楽しむタイプ! また俺の平穏を脅かす存在が現れてしまった!


「き、気になってるって……その――じゃない?」


 一応俺に聞こえないように声を潜めていたが、たぶん根暗とか陰キャとか、オタクとか……そこら辺のワードを口にしたんだろうな。

 八雲はそんなクラスメートににこりと微笑んだ。


「まあ、そっちのほうが安心できるじゃん?」

 

 何の安心だ……。からかう相手ってことか?

 万が一勘違いされてもどうにかなるとか、そんなところだろうか?

 ……酷い。


「……えぇ、まあ確かに北崎みたいな遊びまくっていそうな相手と比べれば確かにそうだけど、真理だとちょっとレベル違い過ぎない?」

「うーん、そんなこともないと思うけどね?」

「えー、そんなことあるって! ……いや、まあ人の趣味にとやかくは言わないけどね?」


 意味深に微笑む八雲に、俺は小さくため息をついた。

 ……あいつ、完全に俺をターゲットにしていやがるっ!


 俺が小さくため息をついていると、武蔵先生が教室へと入ってきた。

 次の授業が始まり、俺は窓の外へと視線を向ける。

 ……学校は、ある意味平穏な場所だったんだがな。


 少なくとも、職場よりはな。だって、最近のシフトはほとんどが俺と二枝が一緒なんだからな。

 こうなれば、もう休める場所は家しかない。

 家でゆっくり休もう……。


 

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