第98話:初のピンチと攻略法
4回の表。札幌国際高校攻撃は現在0アウト、ランナー2塁。この回の先頭バッターの杉谷がツーベースヒットで出塁。そして打席に立つのは前の打席でセンターへの大飛球を放った太田幸太郎。前回の夏を含めて、晴斗は甲子園で初めてのピンチを背負っていた。
「やっぱり……雨のせいでコントロールが乱れてる。普段の晴斗ならあんな失投しないのに……」
スタンドから声援を送りながら手元のスマホでテレビ中継を流していた。守備の時は座って観戦するのがマナーであり、距離も離れているので晴斗の投球をしっかりと見ることが出来ない。
「全体的にボールが甘い。濡れて滑っているのかな……? 身体も重そうだし……頑張れ、晴斗」
額に流れる汗と雨水を袖で拭いながら、マウンドでは晴斗と日下部が打ち合わせをしていた。前の打席であわやホームランとなる当たりを打たれた太田との二度目の対戦。相棒である日下部は今日の晴斗と相手ピッチャーの牧田のそれぞれの調子を踏まえて一つの答えを出したが、そのための意思を確認する。
「どうする、晴斗? 俺は最悪歩かせるのもありだと思うぞ。今の調子だとこの試合はロースコアになりそうだからな」
札幌国際のエース牧田の前に悠岐を含めた明秀高校打線はこの天気のように湿っていた。ここまで一人のランナーも出せていない。
「一点差勝負なりそうですからね。カウント次第では歩かせるのもありですね。ただ……初めから逃げ腰では挑みませんよ。そんな気持ちで投げたら何を投げても打たれます」
それで打たれたら瓦解する。晴斗にはその確信があった。これまでの経験の中で何度もあったことだ。四球でもいいと思って勝負すると不思議と甘いコースに入って痛打される。だから晴斗はどんな場面でも弱気にならず、強気に攻めることを心がけている。
「うし! その気持ちがあれば大丈夫だな! この回凌いで先制点を狙うぞ!」
「はい。そこは任せましたよ、キャプテン」
グラブを合わせて二人は別れる。腹は決まった。
『4回の表、札幌国際高校が先制点チャンスを迎えています! 杉谷君のツーベースで得点圏にランナーを置いた状態で打席に向かえるのは太田君! 先ほどは内角の難しいボールを強引に引っ張ってあと一歩でホームランという当たりを放ちました! マウンドの今宮君、早くも正念場を迎えております!』
『今日の今宮君はこの雨のせいか全体的にコントロールが甘いですね。杉谷君に打たれたカーブも若干高めに抜けていましたから……気を付けなければいけないですね』
『そうですね。今日の今宮君はここまで投げて被安打は4本。毎回ランナーを背負いますが併殺打などで切り抜けてきましたが得点圏にランナーを置いて、いったいどのような投球を見せてくれるのか。楽しみです!』
早紀がスタンドから祈るような気持ちで見守り、ノーヒットノーランを達成した令和の怪物が甲子園で初めて背負うピンチを乗り切るのか、それとも飲まれるのか、固唾を飲んで見守る中、晴斗と太田の意地のぶつかり合いが始まった。
太田幸太郎という打者について。わかっていることはパワー重視に見えるがインコースを捌くのが異様に得意だということとストレートにめっぽう強いということ。
本来ならさらなる情報収集のためにランナーのいない場面で対戦したかったが、そうは言えなくなったので日下部は現状で組み立てられる最適解で晴斗と共にこの巨漢対峙に挑戦する。
盗塁の可能性は低いがちょろちょろ動く杉谷を視線でけん制しつつ、晴斗が少し大きめのモーションで一球目を投じる。彼が投げるのは外からストライクゾーンにねじ込むバックドアのカットボール。高さには目をつむりコースに細心の注意を払う。
「ストラ―――イク!」
ピクリと反応するが太田は手を出してこなかった。ボールだと思って見極めたのか、それとも追い込まれるまではストレート待ちなのか。恐らく後者だと睨んだ二人はすぐにサインを決めて二球目を投げる。
ここで気を付けるのは初球とは逆でコースではなく高さ。ボールになってもいい、ワンバウンドしてもいいくらいの覚悟でアウトコース低め目掛けて思い切り腕を振ってストレートを投げ込む。
「―――おらぁぁ!」
太田もまた、思い切り踏み込んでバットを出してくるがバックネットに打球が突き刺さる。これで日下部の中で今後の太田への攻め方と仕留めるボールが決定した。
対して、簡単に二球で追い込まれた太田はストレート狙いから一転して変化球待ちに切り替える。と言いたいところではあるがこのバッテリー相手にその定石は通用しないことは前の打席ではっきりしている。
外のストレートを続けてくるか、初球のようなカットボールを外から曲げてくるか、それともインサイドに切り込んでくるか。またはツーシームで内から中に切り込んでくるか、外に逃がすか。タイミングは速いボールに合わせて、今度こそスタンドに放り込むかヒットゾーンに飛ばして先制点を取る。
投じられた三球目。太田は目を見張る。コースはど真ん中、球種はおそらくストレート。ここにきて一番甘い最高の絶好球。迷うことなくテイクバック、溜を作って全力スイングを敢行。当たれば場外まで飛んでいくだろう暴風のような一振りは―――
「ストラ―――イク! バッターアウト!」
―――あえなく空を切った。太田の会心の一撃は掠りもせずに日下部のミットに収まっていた。
『三球三振―――! 今宮君が投じたのは伝家の宝刀スプリット!! あの大阪桐陽の北條君をも仕留めた決め球はこの春も健在だぁっ!!』
太田は完全に手玉に取られたことを悟った。自分が追い込まれるまではスピードボール狙いであることを読まれ、追い込まれた後も逆を読んで速いボールを待っていたがそれすらも読まれて真ん中からシンプルに縦に落とされた。
『見事なスプリットでした! これは投げた今宮君を褒めるしかありませんね。今のボールはプロでも打つのは至難の業でしょう。それくらい完成度の高い球です』
心の中で悪態をつきながら太田はベンチに戻った。
4回の表の札幌国際の攻撃は無得点で終わる。そしてその裏、ついに試合が動く。
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