第70話:波乱な文化祭…でした

 俺がクラスの喫茶店に戻ったあとのこと。


 結局それからナオちゃんは文化祭が閉会となるまで、早紀さんや清澄先輩と一緒に色々な店を回って楽しんだようだ。


「晴斗さん。今日は本当にありがとうございました。すごく楽しかったです!」


 俺はナオちゃんを見送りに校門に来ていた。本当なら駅まで一緒に行きたいところだったが、片付けやら明日の準備やらがあって出来そうになかった。たがその代わり、早紀さんが駅まで送ってくれることになった。


「せっかく来てくれたのにごめんね。最後まで一緒にいられなくて……」


「いいえ! 短かったですけど晴斗さんと一緒に遊ぶことができましたし、早紀さんや清澄さんもとてもいい人で……来てよかったです! 相馬さんとは全然お話しできませんでしたけど…‥」


 案の定美咲さんは俺が生徒会室を出てからすぐにクラスメイトに呼び戻されたそうで。聞くところによるとかなり怒られたらしい。


「本当に……本当にありがとうございました。晴斗さんにまた会えて、よかったです……」


「もう。ナオちゃん。さっきまで泣かないって言っていたのに……しょうがない子ね」


「早紀さん……だってぇ……私は晴斗さんと簡単に会えないんですよ。泣かないなんて無理ですよぉ」


 よしよしと早紀さんに抱きしめられて慰められるナオちゃん。帰り客は少ないと言っても正門にいるので非常に目立ってしまうのだが、今は気にしてはいられない。


「大丈夫。また会えるから。年末年始は帰らないけど、ナオちゃんが良ければ遊びにおいで。それに、早紀さんたちと女子会するんだろう? そうしたらまた会えるよ。清澄先輩はやると言ったらやる人だから」


 早紀さんの胸の中で泣きじゃくるナオちゃんの頭を優しく撫でる。あの日、俺も早紀さんに抱きしめられて泣いたことを思い出して笑みがこぼれた。


「うぅ……晴斗さん、なんで笑っているんですかぁ? 女の子の涙見て笑うなんて趣味悪すぎですよぉ……」


「ハハハ。ごめん、ごめん。なんだか最近、似たようなことがあったなって思ってさ。大丈夫。ナオちゃんとはこれからも仲良くできたらいいなって思っているから。そうだな……ちゃんと気持ちに整理がついたら、一度そっちに帰るから。その時こそ、キャッチボールしようね?」


 昔のように。またこの子と笑いながらボールを投げ合える日は必ず来る。今日会って、文化祭を一緒に回って、ただの俺の願望からもうすでに確信に変わっている。


「本当に……ありがとう、ナオちゃん。君がいてくれて……よかった」


 この子は気付いていないかもしれない。自分の存在が今宮晴斗にとってどれだけ大きな存在になっているかを。彼女がいるから、俺は家族といずれしっかりと向き合おうと思える。もしいなければ、きっと俺はそんなことを考えもしなかったはずだ。


「晴斗さん……また、会ってくれるんですか? また、一緒に、遊んでくれるんですか?」


「あぁ。あいつはともかくとして、となら、また会うさ。だからもう泣くな。笑っているほうがナオちゃんはずっと可愛いんだからさ」


 純真無垢なこの子の笑顔に救われた。頑張らないといけないなと勇気をもらった。いつまでも引きずってなどいられないと気付かされた。


「これ以上遅くなったらご両親も心配するだろうから、そろそろ行きましょう。なんなら、明日は日曜日だしお姉さんの家に泊まっていってもいいのよ? 晴斗も呼んでオールナイトで映画でも観ちゃう?」


 早紀さんがふざけたことを言ってナオちゃんの笑いを誘う。まったく。次の日が文化祭二日目でなければ大いに賛成したい申し出だ。


「もう! さすがにお母さんに怒られますよぉ。なので、今日のところは大人しく帰ります。晴斗さん、それじゃあです!」


「あぁ。バイバイ、ナオちゃん。気を付けて帰ってね。またね」


 早紀さんと手を繋ぎ。まだその瞳に大粒の涙を残しながら、ナオちゃんは精一杯の笑顔を浮かべて帰っていった。その背中が見えなくなるまで、俺は手を振り続けた。


 そして文化祭二日目。


 二日目は終日を通しててんやわんやの大騒ぎとなった。


 初日とは比較にならない程に俺は緊張して終わったころには主に精神的な面でヘトヘトになった。甲子園のマウンドに初めて立った時と比べても遜色はないと言えば伝わるだろうか。


 その理由はやはり我がクラスの出し物である喫茶店と委員長が原因だ。


 初日に美咲さんが勝手に自分の持ち場を離れて怒られたと言ったが、その点で言えばいうのなら俺も同じだ。悠岐からはネチネチと嫌味を言われて堪えたし、諸岡、梅村、君塚の三馬鹿トリオからは早紀さんとナオちゃんのことで問い詰められて面倒だった。


 その輪に委員長の菅波さんが入ってかき乱そうとしてくるので、俺はその追求をかわすため、意識をずらすために仕方なく店員の指名制を提案した。


「それ採用!! 明日から即やりましょう!!」


 思った通り乗ってきた。文化祭開催中の変更だったが、配膳と五分間のお話で100円追加という安価設定のため、文化祭実行委員会―――その前に清澄先輩に話を通した―――からはすんなり許可を得ることが出来た。


「それなら晴斗。金にものを言わせて君の一日を私が買ってもいいんだろう?」


 清澄先輩がこんな不吉なことを言っていたがいくらなんでもそんなことをしないだろうと思っていたが、結論から言えば甘かった。


「5分で100円か。なら60分で1200円か。今は10時だから、文化祭終了までの7時間で8400円。ふむ………安いな。 ならば今日一日の晴斗の時間を全て私が買おう。諭吉が1人あれば十分だろう? なに、釣りはいらないさ。これならば文句はないな、委員長?」


 目がお金のマークに早変わりした菅波学級委員長殿は二つ返事で俺を差し出した。こうして俺の二日目の文化祭は清澄先輩と過ごすことが確定した。


「私は今日一日の晴斗を買った。ということはこの一日、私は晴斗のご主人様となるわけだ。つまり、言いたいことはわかるかな?」


「……ご要望があれば、なんなりとお申し付けください、お嬢様」


「うん、うん。中々様になっているじゃないか。では行こうか、晴斗。思う存分、私を楽しませてくれよ?」


 そう言って清澄先輩は俺の左腕に己の右腕を絡ませた。


 この7時間は、本当に色々あって大変だった。


 この話は、またの機会にさせてもらおう。なにせ本当に、大変だったのだ。


 その日が来るかは、わからないが。

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