第65話:女子は化粧で可愛くなる

 ナオちゃんが泣き止んだのはいいが、目を真っ赤に腫らしてしまったし、この日のためにしてきた化粧も崩れてしまったということで、早紀さんに連れられて女子トイレでお直しタイムだ。


 待っている間、俺は手持ち無沙汰なのでとりあえず悠岐にメッセージを送る。


『もう少ししたらナオちゃん達を連れてそっちに向かうけど、まだ空いてるか?』


【奈緒美ちゃんを呼んだのか!? ならせめて僕が休憩中にしてくれ!】


 旧知の仲の少女にあの姿を見られるのは恥ずかしいのか。文面からも伝わってくる悠岐の焦り具合。だが、俺だけのこんな格好執事服を晒しているのに悠岐が二人から何も言われないのは癇に障る。


『お前も道連れだ、悠岐』


 返信したタイミングで二人が戻ってきた。ナオちゃんの目の腫れはまだ残っているけれど、早紀さんが色々手を施したおかげである程度は誤魔化すことができているように見える。というか、最初よりも年相応の可愛らしさが増したように感じられる。


「フフッ。どう、晴斗? 可愛くなったと思わない? ナオちゃんってば元々すごく可愛いからメイクしていてたのしくなっちゃった!」


「もう! 早紀さん恥ずかしいですよ……晴斗さん、おかしくないですか?」


 下地からやりなおして透明感溢れる肌になっており、目や眉毛も各パーツの形がくっきりと目立つようになっており清潔感も上がっている。さらに唇にも自然なピンク色のリップが塗られており、年相応の中に不釣り合いな色気を醸し出している。


「全然おかしくないよ。むしろ可愛くなったかな? まぁ元々ナオちゃんは可愛かったからより磨きがかかった感じかな?」


「可愛いですか!? 晴斗さんにそう言ってもらえて嬉しいです!」


「よかったね、ナオちゃん」


「はい! ありがとうございます、早紀さん!」


 よしよし、優しい表情でナオちゃんの頭を撫でる早紀さん。はにかんだ笑みを浮かべながら素直に喜ぶナオちゃん。まるで歳の離れた本当の姉妹のようなその微笑ましい姿に、俺の口元も自然と緩むと同時に切なさが去来した。


「もう……晴斗、そんな顔していないで、そろそろ行かない? 晴斗のクラスの喫茶店、かなり気合入っているんでしょう?」


「えぇ、まぁそれなりに。混雑する前に入ったほうがゆっくりできると思うので急ぎますか」


 俺は先導するように半歩前に出て歩こうとすると、二人はまるで示し合わせたように左右の腕に抱き着いてきた。


「あの……早紀さん、ナオちゃん。両腕を取られると歩きにくいんですけど? あと目立ってしょうがないんですけど?」


 ただでさえ俺は目立つ格好をさせられている。その上に美女、美少女を侍らせているとなれば俺への敵意はいずれ殺意に変わり、男子共に襲撃されかねない。


「晴斗は私やナオちゃんと腕を組んで歩くのが嫌だっていうの? もしそうだったら悲しいなぁ」


「私も早紀さんも、晴斗さんとくっつきたいなぁって思っているんですけど……ダメですか?」


 おろろと涙を拭う真似をする早紀さんと上目遣いで訴えてくるナオちゃん。あまりに息の合った連携技に、俺は二人の距離が縮まったことを感じて嬉しくもあり同時に恐怖を覚えた。俺は内心でため息をついて、早々に白旗を上げることにした。


「……好きにして下さい。ただ、階段とかあるので気を付けて下さいね? 躓いたりしたら大変ですから」


「さすが晴斗! そう言ってくれると思った!」


「さすが晴斗さんです! 安心して甘えられます!」


 鼻歌混じりで嬉しそうにするナオちゃんを見ると、俺は何も言えなくなる。昔からこの子は甘えたがりな性格だったが、あの女がいる手前そうはできなかった。そのせいで随分と寂しい思いをさせてしまった。なら今日くらいは、久しぶりに彼女がしたいようにさせるのも悪くない。


「フフッ。ほんと、晴斗は優しいんだね」


 早紀さんが耳元で小さな声で話しかけてきた。活気を帯びてきたため、その声はナオちゃんには届いていないようだ。相変わらずルンルン気分。早紀さんは気付かれないように言葉を続ける。


「あんなことがあっても……ナオちゃんのことは昔のように、妹みたく思っているでしょ? だからお願いされて無下にはできなかった。違う?」


 いつの間にか早紀さんは俺から腕を外してただ普通に並んで歩いていた。なるほど、早紀さんなりのナオちゃんへの気遣いか。こういうことを自然とやってしまうのがこの人の素敵な部分だ。


「あぁあ。私も晴斗お兄ちゃん・・・・・に甘えたかったなぁ。ナオちゃん、貸すのは今日だけだからね?」


 ナオちゃんに聞こえるように少し声量を上げて早紀さんはすっと前に出てくるりと向き直り、腰を折って覗き込みながら小悪魔的な笑みを浮かべながら言った。


「えぇ! 今日だけなんですか……? 私、これまでできなかった分、たくさん晴斗さんに甘えたいんですけど……ダメですか?」


「ハハハ。いいよ。俺でよければ、たくさん甘えてくれて。ナオちゃんみたいながいたら、俺も嬉しいしね」


「―――やったぁ! ありがとう、晴斗さん・・・・!」


「よし! 話もまとまったことだし、早く晴斗のクラスの喫茶店行こう! 晴斗のその恰好のことはその時たくさんいじってあげるからね!」


「早紀さん! 走ると危ないですから! それと俺の教室は二階ですから! 階段こっち!」


 教室の場所を知らないのに早紀さんが小走りしてしまうので、俺とナオちゃんは腕組みから手つなぎに変えて、見失わないように彼女の背を追う。


「ナオちゃん、少し走るよ。このまま放っておくと、早紀さんが迷子になりそうだから」


 きゅっと、ナオちゃんの手に力が入った。そして、哀愁を帯びたため息が聞こえた。


「……はい! でも早紀さんが迷子になってもすぐに見つけられますよ! だって早紀さん……超美人ですから!」


「ハハハ。それもそうか。でも探している時間が勿体ないからね。行こうか?」


 はい、とナオちゃんはうなずいた。笑顔に見えたが、どこか寂しげな影が差しているように見えたが、俺はあえて気付かないふりをして、笑顔を返して早紀さんの後を追った。



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