第39話:女子会 in アルプス

「うぅ……美咲ちゃん、それは怖かったでしょ。無事でよかったよ」


 晴斗君があっさりと6回の表を三者凡退に抑える様子を応援しながら、私は美咲ちゃんの身に起きた話を聞いて思わず彼女の頭を優しくなでなでした。


「……はい。あの時は本当に怖くて……でもあの時はる君だけが助けてくれたんです。他の人達は見て見ぬふりで。だから本当に嬉しくて、誰よりも、かっこよかったです。それに、うそをついてまで私を元気づけようとしてくれて……」


「うんうん。晴斗君はそういうところあるよね。私もそうだったし、落ち込んでいる人を見るとほっとけない、優しい男の子だよね。それでいてしっかりと芯が通っているから、カッコいいんだよね」


 私もあの時、ひどく落ち込んでフラフラとしてところに晴斗君が声をかけてくれて頭を撫でてくれた。美咲ちゃんと比べるとより単純で一目惚れ度数は高いと思うけれど、彼が向けてくる優しさは慈愛に近いものを感じる。だからこそ、私はそれを独占したいと思うのだ。美咲ちゃんもきっと同じ気持ちだ。


「そ、それにしても……早紀さんは大人です。晴斗君を自分の部屋に連れ込んで・・・・・手料理を振舞ってゆ、誘惑するなんて……」


 ひゃぁと両手で顔を覆う美咲ちゃん。これで惚れない男がいるのだろうか。ただこの話の場合、私としては苦笑いをするしかない。


「あはは……今思えば大胆すぎたかなぁ。しかも晴斗君には効果なかったと言うか鋼のような心を見せつけられたというか……それ以上に晴斗君の誠実さが見えて益々好きになったというか……」


「そ、そうですね。ゆ、誘惑も大胆ですけどそれをちゃんと晴斗君って……すごいですね。普通の男の子ならきっと今頃、早紀さんに食べられてましたね」


「魅力ないのかなってその時は思ったけど、晴斗君の思いを聞いたらむしろ申し訳なくなっちゃったなぁ」


 あの時晴斗君に頭を撫でながらすごく優しい声で抱いている思いを聞かされた時は、本当に嬉しかったのと同時に自分の行動の浅ましさに穴があったら入りたい気分だった。


「はる君……本当にかっこいい。優しくて、誠実で、心が綺麗って言うんですかね。はる君に思われる女の子はきっと、幸せだろうなぁ」


「本当にね……あの優しさを独占できるなら、それ以上に彼を優しく包み込んであげたい。彼の心休める存在に私はなりたいなぁ。美咲ちゃんはどう?」


「わ、私は……はる君をなでなでして疲れを癒してあげたい……です。いつも頑張っているはる君を、元気づけたいです」


 本当にこの子は女子高生なのだろうか。むしろ母性の塊なのではないか。晴斗君の彼女にするのではなくて私と晴斗君の三人で暮らせばみんな癒されてハッピーなのでは……そんなどうしようもないことを考えるくらいに、美咲ちゃんは可愛い。


「あ、あの……早紀さん、大丈夫ですか? なんか、ちょっと怖い……です」


「へぇっ!? そ、そんなことないよ!? お姉さん、晴斗君のことが大好きだけど可愛い子も大好きなだけだから! 愛でたくなるんだよねぇ―――」


 我ながらだらしない笑みを浮かべながら美咲ちゃんの頭を意味もなく撫でたところで、グランドに目を向けた。美咲ちゃんも照れて少し頬を膨らませながら同じように視線をマウンドの晴斗君に合わせる。


「それにしても……今日のはる君すごいですね。打たれているのにまだ一人もランナー出てないですよね?」


「ううん。あれは打たれているんじゃなくて打たせている・・・・・・んだよ。多分、一人で9回を投げ切るための作戦ね。この試合は晴斗君に任せて、エースの松葉君は三回戦に向けて休ませるのが狙いなんだと思う」


 7回表の敦賀清和の攻撃は1番からの好打順。ここまで三振、セカンドゴロに抑えている打者に対して、内角にカットボールを二球続けて追い込むと、最後は左打者から逃げるように外側に落ちていくチェンジアップで身体を泳がせて三振に切ってとった。


「しかも晴斗君たちは基本的に三球勝負しているからバッターとしても打ちにいかざるをえない。でも晴斗君は厳しいコースに投げたり、ストライクゾーンで微妙にボールを動かしているから凡打の山を築いているのね。ほんと、地味だけどすごいことよ、これは」


「へ、へぇ……早紀さん、野球詳しいんですね。マネージャーの私より詳しいかも……」


「フフッ。だって、好きな子が頑張っていることだもん。それに、詳しくなっていたらそれだけ晴斗君と話せることが増えるでしょう?」


 私は晴斗君と話をするための努力は惜しまない。美咲ちゃんのように同じ高校に通っているわけじゃない私は長い時間を過ごせない。だから野球の知識を一から詰め込んだのだ。


「それだけ本気なんですね……はる君のこと」


「えぇ。だって、私のことをちゃんと見よう、知ろうとしてくれたのは晴斗君だけだから。他の男はみんな上辺だけだったから。それがすごく嬉しくてね」


「その気持ち、すごくわかります。はる君はちゃんと【私】を見ようとしてくれる。どんな【私】でも受け止めようとしてくれる。そう考えると、はる君って本当に高校一年生か怪しくなりますね」


 そういって美咲ちゃんは苦笑いした。まったく同感だと思う。何があったらあの年齢でここまで精神が成熟するのだろうか。


「っあ、今度はピッチャーゴロで2アウトですね。3番バッターは―――あっ、初球を打ってショートゴロ。これで7回も三者凡退。もしかして……このままいくとすごいことが起きちゃったりしますか?」


「……そうだね。美咲ちゃんの言う通り、ここまでパーフェクト。もしかしたら史上初の夏の甲子園大会での完全試合を達成するかもしれないよ」


 一球速報で確認してみると、晴斗君の球数は7回を終えてわずか76球。残すは2回、打者6人。本当に、晴斗君は奇跡を起こすかもしれない。すでにプロで活躍している投手や、往年の大投手ですら成し得なかった記録を。


 私はその瞬間を見逃さないように改めて真剣に試合を見つめようと思うのと同時に、美咲ちゃんと視線を合わせる。これで彼女には伝わったようだ。


 私たちは立ち上がり、グランドで頑張る、大好きな男の子へ声援を送る。


「晴斗く――――――ん!! ナイスピッチング!!」


「はるく――――――ん!! ナイスピッチング!!」


 私たちの声を聴いた晴斗君は驚いたように見開いて、照れたのをごまかすように帽子もとらずにベンチの中に逃げて行った。あぁいう風に恥ずかしがるところが彼も年相応に可愛いところだと、私は改めて思った。

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