第33話:マネージャーの決意【マネージャー:相馬美咲】
「お待たせしました、相馬先輩」
『…………』
なぜか無言の相馬先輩。通話が切れているのかと思って画面を確認するがちゃんと繋がっている。
「もしもし、相馬先輩? 聞こえていますか?」
『…………聞こえてるよ、
なるほど、と俺は理解して相馬先輩の呼び方を変えた。
「すいませんでした、美咲さん。あれ……この約束はこの前だけのはずじゃ?」
『細かいことはいいの! そんなことよりも! どうして試合勝ったのに連絡くれなかったの!? 私待ってたのに……はる君の意地悪、薄情者』
電話の向こうで美咲さんが頬を目一杯に膨らませてそっぽを向いている姿が想像できて、俺は思わず笑ってしまった。これが世にいう火に油というやつだ。
『あっ! はる君、今笑ったでしょう!? 私が落ち込んでいるのに笑うなんてひどいなぁ!』
「あぁ、すいません。なんか美咲さんとこうして話すのが久しぶりで……」
『もう。そんな風に言われたら何も言えなくなる。っと、そんなことより! はる君、一回戦突破おめでとうだよ! それとナイスリリーフ! 完璧だったね!』
「わざわざそれを言うために電話を? ありがとうございます」
『だってだって! 本当だったら直接声をかけたかったけど、私達遠征組は試合が終わったらすぐに東京に帰らないと行けなかったから伝えられなかったんだもん! でもでも、その日は疲れていると思って……』
少し沈んだ声になる美咲さん。
「気を遣ってくれてありがとうございます。あと応援もありがとうございました。」
『うぅ……今度は私が、誰よりも早くはる君にお疲れさまと頑張ったねを言うんだからね! その席は空けておいてね! 誰にも座らせたらダメだよ!』
「ハハハ。何を言っているんですか。そんな早い者勝ちみたいな……」
『早い者勝ちなの! 誰がはる君に、一番最初に頑張ったねを言うかは熾烈な争奪戦なの! これは戦争なんだよ、はる君!』
その圧倒的な熱量の前に俺はすぐに言葉を返すことが出来なかった。そして、俺は牙を向きだして威嚇するチワワを背後に宿して両目に炎を灯す美咲さんを幻視した。なぜか背筋に冷たいものが走った。悪寒か? いや、むしろ殺気?
『しかも、四日後の試合ははる君が先発するんでしょ!? なら尚のこと、私が一番最初にはる君にお疲れ様って言うんだもん!』
「まったく……俺が先発するって誰から聞いたんですか? 情報だだ洩れじゃないですか?」
『へ? あぁ……えぇと、涼子ちゃんに聞いたの! 涼子ちゃんは日下部君から聞いたって言ってから、情報源は日下部君ってことになるかな?』
いくら彼女だと言ってもマネージャーに情報を伝えるのは軽率すぎる。後で一言言っておかなければと―――いや、そんなこと言ったら俺も早紀さんに、しかも
『そんなことより! はる君、今日、誰と、デートしてたのかな? 私、すごく、気になる、なぁ―――?』
「…………」
なるほど。情報漏洩以外にも日下部先輩には一度事情聴取をする必要がありそうだ。俺はスマホを握る左手に力を込めた。スパイ、許すまじ。
『ねぇ、はる君? 誰なのかな? このクレープをあ―――ん、ってしている女の人は? この人、東東京大会の決勝戦の応援にも来ていた人だよね? あと練習にもちょくちょく顔を出してた……』
「と、隣に住んでいる女子大生ですよ。野球が好きで、なんか気に入られたみたいなんです。 歳も離れているので、弟みたいに可愛がられているだけですよ」
それにしては度を越した誘惑をしてくるし、俺も俺であの人に『心から好きになったら告白します』って宣言したし、何なら誕生日プレゼントの代わりに初勝利記念のボールを渡すって約束もしたし、これは傍から見たら恋人同士なのではないか? いや、それは思い込みすぎだ。
『ふ―――ん。そうなんだぁ……私はてっきりはる君の
「……? え、えぇ、
『ううん。わかった。そういうことなら……私もこれから本気にならないとダメだね。涼子ちゃんの言ってた通り、一歩も二歩も先を行かれてる……』
落ち込んでいるというよりは自分に言い聞かせながら覚悟を決めるかのような低い声音でぶつぶつと呟く美咲さん。
「み、美咲さん……?」
『私、負けないから! はる君は……私の…………』
「美咲さん? 何か言いましたか? 最後の方聞こえなかったんですけど……?」
『な、なんでもない! なんでもないから! そ、そろそろ戻らないと怒られちゃうよね!? も、もう電話切るね!』
「は、はい。わざわざありがとうございました。四日後の試合、頑張りますね」
『う、うん! 試合、頑張ってね! アルプスからだけど全力で応援するからね! そ、それじゃまたね! 少し早いけど、おやすみなさい』
「はい。おやすみなさい、美咲さん」
ぷーぷーと音が鳴り、通話が切れた。最後の方、美咲さんは明らかに様子がおかしかった。その原因は間違いなく早紀さんとのデートが関係しているはずだ。しかも本気になるとかいっていたし、これからどうなることやら。
「今の俺に、誰かを選ぶ資格なんてあるのかね……」
自嘲しながら部屋に戻った。そういえば相部屋の悠岐が泣きそうな声で引き留めていたのを思い出した。こいつもこいつで面倒だなと思いながら扉を開けると、意外なことに静かだった。
「なんだよ、もう寝たのかよ」
ベッドに入ってすでに悠岐は寝息を立てていた。機嫌の悪さがピークに達すると寝て忘れるのが悠岐の癖だ。
だけど、この日ばかりはこの癖に助けられた。俺も色々ありすぎて精神的に疲れたので、早々に寝ることにした。
それから三日間は特に問題も波乱もなく。夏の甲子園大会二回戦の朝を迎えた。
俺の甲子園初先発だ。
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