第32話::二回戦の相手と悠岐の嘆き

 夕食を終えた後、四日後に控える二回戦に向けてミーティングが行われた。進行役は前回と同じく日下部先輩が務め、プロジェクターに映し出されているのは対戦校である福井県代表の敦賀清和つるがせいわ高校。3年連続10度目の出場となる強豪校。


 先発登板を任されている俺は初戦よりも真剣にその映像を観ていた。隣に座る悠岐は早紀さんと会っていたことを根に持っているのかまだしかめっ面をしている。


「このチームも打撃が自慢です。前回の大阪桐陽には劣りますが、福井県大会のチーム打率は3割を超えています。初戦も宮崎の代表を相手に10 対 2と快勝しています」


 映像を見る限り、桐陽高校の北條さんのようにずば抜けている選手がいるわけではないが、1番から9番までしっかりとバットが振れており、甘く入ったボールはストレート、変化球関係なく鋭い打球を飛ばしている。その中でも気になるのは―――


「気を付ける選手はやはり中軸を任されている4番の下水流だな。初戦の成績は5打数4安打4打点、ホームラン1本と文句ない成績だ。こいつの前にランナーを出さないことが試合の鍵だな」


 北條さんと比べたら線は細いがスイングスピードは彼や悠岐と比べても負けず劣らず。綺麗なレベルスイング―――ボールに対してバットが一直線に入った軌道のスイング―――でパンチ力もありそうだ。要注意打者として頭に入れておこう。


「対して、先発が予想されるのは二年生エースの引地だ。右のオーバースローだが変則的なフォームでストレートの球速は140キロ。変化球は2種類のカーブとチェンジアップ。特にチェンジアップは動きながら落ちるから左打者は苦労するかもしれないな」


 相手チームのエース、引地さんはセットポジションから足をあげておろして前に踏み出すかと思えば一瞬止まって再び大きく足を上げる所謂二段モーションに近いフォーム。制球力はそこまで高いわけではないが適度に荒れるため打者も的を絞りづらそうだ。指に掛かったストレートはノビもよくて調子次第では苦戦するかもしれない。


「うちとしてもやることは相手と変わらない。1、2番が出塁してクリンナップでしっかり返す。ただもしかしたら……悠岐、お前は次の試合まともに勝負をしてくれないかもしれないな」


 日下部先輩のその発言を聞いて、今まで膨れていた―――いい加減にしろ―――悠岐がハッとなって身体を起こした。


「ど、どうしてですか!? 仮に僕との勝負を避けたところで後ろには4番の城島さんが控えているんですよ? それなのに僕との勝負をしないとかあるんですか?」


「そうだな。普通に考えたら愚策だろう。だけど考えてもみろ。お前は大阪桐陽戦で二番手とはいえサウスポーの岩田から二打席連続ホームランを打っているんだぞ? それも完璧と言っていいくらいにな。もし俺がキャッチャーなら、お前との勝負はまともにしない。ランナーがいなければ尚更な」


 ぐぬぬと唸る悠岐だが、日下部先輩の発言は正しいと思う。むしろと桐陽戦の9回裏、1アウトランナー無しの場面で北條さんと対戦した俺達の方が異常なのだ。あそこは歩かせてでも勝負を避けるのが定石。


「だから敦賀清和戦は城島先輩、あなたにかかっています。もちろん先発の晴斗もだ。ちょっといいピッチングが続いているからって調子に乗ったら承知しないからな!」


「はい。二回戦は任せてください。松葉先輩は完全休養日にしてください」


「おいおい、言ってくれるじゃないかこの一年生は。なら、お言葉に甘えさせてもらうからな? 一人で投げ切れよ?」


「もちろん、そのつもりです」


 俺はきっぱりと言いきった。手を抜かず気を抜かず、万全の準備をして挑む。そして勝利を手繰り寄せる。


「よし! なら今日のミーティングはこれで終わりだ!  明日の練習に備えてゆっくり休むように! 解散!」


「「はい! お疲れ様でした!!」」



 *****



 部屋に戻って一息ついてスマホをチェックした。メッセージが入っている。誰からだろう。


「フン。何が『二回戦は任せて下さい』だ。どうせあの女子大生さんにいいところを見せたいんだろう? 不純な動機だな!」


 部屋に着くなり悠岐が先ほどのミーティングでの発言に噛みついてきた。僕は怒っているぞ、とアピールするかのようにベッドにドカッと座って胡坐をかく。やれやれと俺はため息をついた。メッセージの主は―――相馬先輩?


「悠岐……お前はいつまで拗ねてんだよ。女々しいぞ?」


「僕は拗ねてないし女々しくない! 僕が聞きたいのは、どうして何も言わずに出ていったかってことだ! というか、あの女子大生さんとはどういう関係なんだよ!?」


「隣に住んでいるんだよ、早紀さんは。それと……俺があいつに振られて落ち込んでいるときに励ましてくれたんだ。俺が大して落ち込まずに、東東京大会の準決勝を投げ切ることが出来たのはあの人のおかげだよ」


「……そうだったのか。僕より先にお前を励ましたのがあの人だったんだな……って、隣に住んでる!? 嘘だろ!? 冗談だよな!?」


「いや、それが冗談じゃないんだ―――っと、電話だ。悪いな、悠岐。その話はまたあとでな」


 これ以上ないタイミングで電話をかけてくれたのはマネージャーの相馬先輩。これ幸いとばかりに俺は部屋を出て外へと向かった。


「行かないでくれよ晴斗ぉ―」


 涙混じりの声が聞こえたような気がした。

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