第31話:先輩は密告する

『ちょっと拓也・・! この写真はどういうこと!? なんで今宮君とあの女子大生が仲睦まじく一緒にいるの!? しかもそれだけじゃなくて、どうしてクレープを食べさせ合ってるの!?』


 夕飯前の空き時間。


 はぁ、と俺こと日下部拓也はため息をついた。今電話しているのは同級生で野球部マネージャーであり彼女の尾崎涼子である。


「……晴斗の奴に聞いたら、わざわざ応援に来てくれたんだと。んで、なんか知り合いの人と一緒に泊まっているんだってさ」


『そんなことを聞いてるんじゃないの! 問題なのは! どうして! その女子大生さんが午後のオフに今宮君とデートしているのかってこと!』


 晴斗の恋路に何かあれば逐一報告するように言われていたので真面目にしっかり今日の出来事を写真付きでメッセージを送ったらこのありさまだ。


「そこまでは知らねぇよ。そもそも二人を見つけたのだって本当に偶然だしな。晴斗に置いてきぼりにされて落ち込んでいたうちの天才児悠岐を慰めようと飯食ってフラフラしてたら見つけたんだよ。大方、女子大生さんからお誘いでもあったんじゃないのか? そこまでは聞けねぇよ」


『なんでよ! 拓也は今宮君とバッテリー組んでいるんでしょう!? キャッチャーとしてその辺の事情聞いておかないと―――』


「聞けるわけないだろう! 俺は悠岐と違って・・・・・・空気を読める人間なんだよ!」


『ん? ということは、坂本君は聞いたってこと? あの女子大生さんが一体何者なのか? えっ、坂本君ってもしかして勇者?』


「勇者というよりは晴斗勇者に付き従う忠犬だな。気付いたら突撃かましてたよ……まぁ見事に返り討ちにあったけどな。最後は子犬みたいに晴斗にくっついてたよ」


『あぁ……その姿は想像できるなぁ―――って、そういうことじゃなくて! 結局! あの人は今宮君と付き合ってるの!? どうなの!?』


「わからん。ただ……限りなくそれに近い人なのは間違いないと思うな。振られた直後のあいつを一番初め・・・・に慰めた人みたいだから、当然といえば当然だな」


 晴斗が『早紀さん』と呼んだ女性は俺と悠岐が合流したことで邪魔をしちゃ悪いということで宿泊しているホテルに帰った。時間的に俺達もそろそろ帰らないといけなかったので都合がよかったが、邪魔をしたのは俺達の方で、申し訳ない気持ちにもなったのだが。


『そっか……そうだよね。今宮君、中学の頃から付き合っていた子に振られたんだよね』


「そうだよ。遠距離になって連絡を少しサボったら振られたんだと。軽い気持ちで彼女とは上手くいっているのか? って聞いたら泣き笑いみたいな顔で言われたときは焦ったわ」


 ある日の練習終わりに肩を叩いてからかうつもりでたずねたら見事にカウンターをくらった時のことを思い出すと今でも申し訳ない気持ちになる。野球をするため地元を離れて東京に出てきたのに、その背中を押してくれた彼女に振られたのではショックも大きかっただろうに。


『そういうところは空気読まずに突っ込めるのに、偵察となると何もできないのはおかしくない?』


「だからうるせぇって。 いい加減、話をまとめるとだな。チャンスはないわけじゃないが、あの女子大生、飯島早紀さんが二人・・を大きく突き放しているな。同じ学校に通っているからって油断していると、あっという間に同棲ホームインしちまうから早めに手を打つこと。俺から言えるのはこれくらいだ」


『……わかった。後輩選手と先輩マネージャー、後輩君と生徒会副会長のカードと同等かそれ以上の響きを持っている隣に住む女子大生……親友として、幼馴染として、応援していかないとね! 拓也も引き続き、情報収集よろしくね!』


「善処はするよ。じゃあ、またな」


『うん! あっ、拓也。二回戦進出おめでとう! カッコよかったよ!それじゃね!』


 まるで嵐のような電話だったな、と我が彼女ながら呆れるが、最後に俺が一番うれしいことを言ってくれるから何をされても許してしまうのだ。あの無邪気さと天真爛漫さが涼子の魅力だ。


「さて。もうすぐ夕飯か。その時にでも、今日のデートのことを根掘り葉掘り聞いてみますかね。本人がいないほうが晴斗も話しやすいだろうし」


 その時には近くに悠岐を呼んでおこう。そうすれば俺が聞かなくても悠岐が勝手に質問攻めにするから俺はそれを聞くだけだ。何なら松葉先輩も呼んでおけばきっと楽しいことになるな。


「あっ……クレープの写真は見せたけど、キス未遂の話をするのを忘れたな……というか悠岐が飛び出なきゃ確実にキス―――してたよな」


 飯島さんが笑みを浮かべながらゆっくりと晴斗に顔を近づけていく中、晴斗は完全に動揺して固まっていた。あの時、あの二人は自分たちだけの空間を形成していた。言い方を変えれば周りが見えていなかった。


「悠岐がいなかったらどうなっていたことか……この話はできねぇよ。悪いな、涼子」


 彼女と彼女の親友と幼馴染に詫びながら、俺は食堂へと向かった。

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