第22話:あと三人、されど三人
『夏の甲子園大会、第三試合。東東京代表、明秀高校 対 大阪代表、大会二連覇中の桐陽高校の対戦もついに最終回、9回裏! 現在3 対 2 で明秀高校1点のリード! 優勝候補の大本命が一回戦からまさかまさかの崖っぷち! この展開を誰が予想したでしょうか!?』
『いや―――このような展開になるとは思いもよりませんでした。明秀高校も確かに名門ですが近年は予選を勝ち上がれずにいたのですが……桐陽高校相手にこの試合運びはまさに強者と言っても過言ではありませんね。その原動力となっているのは、やはり一年生コンビでしょう』
『そうですね! サードを守ります坂本君は三打数二安打二本塁打。この試合の全打点をマークしている打のスーパールーキー!』
『藤浪君には三振に抑えられたとはいえ、左の岩田君から打った二本のホームランは見事でした。すでに完成された打撃術は一年生とは思えませんね』
『そして、そして! 投のスーパールーキーは7回から託された今宮君です。ここまで打者六人を相手にパーフェクトピッチング! ストレートの球速も一年生ながら143キロを本日マークしており、多彩な変化球のキレも精度も抜群ですね!』
『彼は本当に素晴らしいピッチャーです。未だかつて一年生でここまでの投手は観たことがありません。二種類のストレートにカーブ、カットボールをまさに自在に操っています。松葉君の後ろに彼がいるのは……相手からしたら恐怖ですね』
『この二人の活躍が、明秀高校に勝利をもたらすのか! それとも、夏二連覇の桐陽高校のクリンナップが牙を剥くのか! この回ですべて決まります!』
*****
「さて、ついにここまで来たな。あと三人だ。だが、されど三人だ」
9回裏。最終回。桐陽高校の攻撃。打順は3番の藤浪さんから始まる、逆転サヨナラのドラマが起こるにはこれ以上ないシチュエーションだ。
「そうですね。ですが、最後の三人にはもってこいです」
「……もう何も言わない。俺も頭をフル回転させて配球を考える。さっきのようなヘマはしまい。なんと罵られようと、時間をかけて、この三人を抑えるぞ!」
「えぇ。信頼していますよ、日下部先輩」
お互いのグラブを合わせて、決意を固める。日下部先輩は笑顔を浮かべながらマスクを被った。右打席に立つのはエースの藤浪さん。借りを返さなければいけない選手の一人。
―――俺の大事な相棒に
深呼吸から、投球モーションへと入る。ゆったりと足を上げ、着地するまでの脱力は登板当初から変わらない。唯一違うのは、
ズッッバンッ―――と爆発音にも似た乾いた音が球場全体に鳴り響く。応援が鳴りやみ、やがてどよめき、歓声にかわる。
バックスクリーンに映し出された球速は、148キロ。
自己最速更新とはならなかったが本日の最高速度のストレートが、アウトローギリギリのストライクゾーンに突き刺さる。
「ス―――ス、ストラーク!」
審判がわずかに遅れてコールした。戸惑いの表情を浮かべる藤浪さんをしり目に、何事もなかったかのように日下部先輩からの返球を受け取る。次に控えている北條さんの顔も若干強張っている。
サインを交わして二球目。ここまでの投球では純粋なストレート―――フォーシーム―――後は変化球を投げてきた。逆も然りであり、緩急をつけることを意識付けしてきた。おそらくそれは相手ベンチも分析しているだろう。だから、ここは力で押すことを選択した。
球種、コース、そして速度。三条件全て同じボールがミットに吸い込まれた。当然コールも先ほどと同じ。追い込んだ。
三球目を投げる前に俺はサードを守る相棒に視線を送った。
―――悠岐、お前の仇はここできっちりとるから、安心しろ―――
ハッと驚いたような表情を浮かべる天才打者。しかしそれは一瞬のこと。すぐに笑みを浮かべた。任せたぞ、と彼は言った。
投じるボールはこの打席始めて見せる変化球。目には目を、歯には歯を。スライダーには、スライダーを。ただし、俺のスライダーは厳密にはカットボールで、スピードは二球投げたストレートとほとんど変わらないが。
「ストラ――――ク! バッターアウト!!」
真ん中から外にわずかに逃げていくカットボール。ストレートと思って振りにいったバットは空を切る。球速表示は145キロ。この球種もまた、現代が生み出した魔球の一つである。
バットを叩きつけて悔しがる藤浪さん。申し訳ないが、これで悠岐への借りは返してもらった。同じ系統のボールで同じ空振り三振。これで俺の天才を泣かしたことへの怒りは清算としよう。
そして迎えるはもう一人の借りを返さなければいけない相手。日本球界が生んだ至宝の飛ばし屋。
これが、日本最強に最も近い高校において4番という最強の打者の威圧か。肌に突き刺さるそのプレッシャーはまさに化け物。同じ高校生とは思えない。だが、俺はあなた以上の打者を知っている。そして、
「まぁ、だからあなたも同じことをしたんでしょうけどね。悠岐に心を折られた岩田投手の借りを返すために」
悠岐は二度、先発した岩田投手の決め球を狙い撃ちしてスタンドまで運んだ。それが一番投手に与えるダメージとして効果的だと知っているから。だからその仕返しに、松葉先輩の決め球のチェンジアップを
だが、だからこそ負けるわけにはいかない。
藤浪さん相手に二球投げた全力のストレートを観て、おそらく北條選手はタイミングを合わせてくる。力で勝負をするか、それともかわすか。試合に勝ち、勝負にも勝つなら、選択する球種は決まっている。
インコースへの真っ直ぐ。それも顔面付近の高さに全力で投げ込む。思わずのけ反り、たたらを踏みながらボックス外に逃げる北條選手。球場が別の意味でどよめいたが、彼が大げさに避けただけで危険球でも何でもない、
二球目。どんな強打者でもぶつかるかもしれないと思った後にアウトコースのボールは普段よりも遠く見える。それがさらに外から切り込んでくるツーシムによるバックドアなら尚更手が出ない。だが、審判のコールはストライク。これでカウントは1ボール1ストライク。
三球目。アウトコースギリギリのゾーンに投げ込むのはスピードボール。さすがに同じような球種、速度のボールを投げ続ければ彼ほどの選手ならば合わせてくるだろう。
その証拠に始動は完璧。うねりを上げなるほどのスイングは角度もタイミングもアジャストされており、白球はスタンド一直線間違いなしだが、しかしボールは一塁ベンチ方向に弾き飛んでファールとなった。投げたのはカットボール。変化したことで芯を大きく外れてバットの先端に当たったのだ。
これで1ボール2ストライク。
舞台は整った。
*****
『北條君、ファールで追い込まれました! カウントは1ボール2ストライク! 状況は先ほどホームランを打ったのと同じ状況です! ここでバッテリーは何を選択しますかね?』
『そうですね……先ほど、松葉君は一番自信のあるチェンジアップを選択しました。おそらく同じように、最も自信のあるボールを選ぶと思います。となれば、外、外と来ていますから内角へのツーシームあるいはカットボールではないでしょうか? しかし、少しでも甘くなれば北條君は確実にスタンドまで運ぶでしょう。まさに、試合を左右する一球となるでしょう』
『この試合、いったいどうなるのでしょうか!? 瞬き厳禁で見届けましょう!』
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