第21話:甲子園、初登板!

『明秀高校、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、松葉君に代わりまして、今宮君。9番、ピッチャー、今宮君』


 球場のどよめきを心地いい声援と思いながら、俺は高校球児たちの憧れの地で最も高い場所に立った。


 胸の高さにグラブを置く。ゆっくりと左足を少し引き、流れるようにスッと足を上げる。まだ身体に力は入れない。右足を沈みこませながら上げた左足を着地。腰を回転させながら右腕を連動させて腕を振る。この瞬間に全神経を集中させて力を籠める。


 ズバンッ、という快音が甲子園に響き渡った。


 つい先ほどまで、松葉先輩の代わりに出来てきた一年生の俺を見て笑みを浮かべた桐陽高校ベンチが静かになった。


 投球練習を終える。ストレートの奔りは上々。試しに投げたカーブの切れもいい。我ながら恐ろしくなるくらい、絶好調・・・だ。


「晴斗、緊張しているか?」


「いつかの台詞と同じですね、日下部先輩。大丈夫ですよ、ここからは俺のステージです」


「お前も大概、特撮好きだよな。こりゃ相馬が気に入るわけだわ」


「……何の話ですか?」


「なんでもねぇよ、この色男。そんなことよりだ。残りの回、全部抑えても必ず一度は北條と、あの4番と当たるが、どうする?」


「関係ありません。勝つのは俺達です。ミーティングで話しましたよね? 勝つために、俺達は悪役に徹するって。先輩、俺の持ち球の数、知っていますよね?」


「ハハ。性格悪いぜ、お前。だけどわかった。3回完全試合、やってやろうぜ!」


 日下部先輩は俺の胸にグラブを当てて気合を注入してくれた。彼だけじゃない、今の俺が背負うのは、このグランドに立つ仲間とベンチにいる選手、そしてレギュラーに選ばれなかった多くの野球部員の思いだ。そして、応援に来てくれている明秀高校のみんなのために、俺は負けられない。


「晴斗く―――ん! ガンバレ―――!」


 俺は隣に住む女性の声が聞こえた気がした。満員の観客席からその人をすぐに探し出すことはできないけれど、確かにあの人の、早紀さんの声がした。


「よし、目にもの見せてやりますか」


 俺は大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。最初のバッターは6番打者。桐陽高校でなければクリンナップを張れるだけの実力を持っている。そして、並みの投手なら簡単に打ち返せる技術もある左バッター。


 記念すべき甲子園デビュー。あいさつ代わりに投げるボールは―――


「ストラ―――イク!」


 外から入ってくる緩いカーブ。投球練習では散々ストレートを投げて印象付けた。そして一年生ピッチャーだから初球はストレートと山を張っていたのだろう。打ち気が見え見えだ。


 二球目。その動揺を突かせてもらう。投じる球は日本よりも海外で主流のストレート系統。現代の魔球とも呼ばれるその名は、ツーシーム。


 真ん中に向かって走るその軌道にしめたと思って手を出してくるが手元で微妙に外に逃げていく。気付いた時には時すでに遅く、バットの芯から大きく外れて飛んだ打球は弱いサードゴロ。悠岐が軽快にさばいて1アウト。


 ベンチに戻りながら、次の打者に情報を伝えている。これでツーシームも警戒してくれるだろう。純粋なストレート、いわゆるフォーシームと動くストレートのツーシーム。この2つをこの回の軸にしていく。変化球は多投しない。


 7番打者は右打席。初球の入りはアウトコースいっぱいにストレート。球速は観ていないが球場がまたざわついているからそれなり・・・・に出ているのだろう。


 気にせず二球目、今度はボールゾーンの外角からストライクゾーンに入ってくるツーシーム。いわゆるバックドア。これで追い込む。


 主導権は渡さない。三球目。ストレートと同じような速度で内角からえぐり込んでくるカットボール。これは先ほどとは逆のフロントドア。バッターは驚き、腰を引きながら中途半端なスイングで空振り三振。これで2アウト。桐陽ベンチが声を失っている。桐陽高校アルプスの応援席の音が止んでいる。


 異様な雰囲気の中迎える8番打者。少しコースは甘め、高さは間違えず低め。投じる球種はカーブ。手を出してひっかけてくれてショートゴロ。無駄球は一切使わず、7球で桐陽打線を封じ込めた。前の回で1点差に迫ったことで押せ押せムードを沈黙させるにはいい薬になっただろう。


「ナイスピッチ、晴斗。さすが、僕が認める天才だ」


「お前に天才、って言われるとくすぐったいだけなんだけどな」


「謙遜するな。僕たちの世代で誰が一番かって聞いたとして、お前のことを知っている奴なら口をそろえて同意してくれるはずだ。それは晴斗だってな。だから僕はお前と同じ高校を選んだんだよ」


 ベンチに戻りながら悠岐と軽口を叩く。後ろから追いついてきた日下部先輩、ベンチからできてきた松葉先輩や工藤監督は安堵の笑みを浮かべて俺を迎えてくれた。


 残す守備は2回。このままいけば9回の裏は3番から始まるクリンナップ。2点追い上げられた時とは若干異なるが藤浪さんから始まる好打順。そして、4番に控えるは最大の敵、北條選手。


 決着は、近い。

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