第17話:分析会議と密かな襲来

 明秀高校の初戦は三日目の第三試合。時間は十分にあるように思えるが、この長いようで短い期間の間にしっかりと調整を行いつつ、疲れを翌日に残さず練習するのと桐陽高校のデータを頭に叩き込む。


「やはり、気を付けないといけないのはプロ指名確実と言われている高校通算60本塁打の4番打者、北條だな。こいつは一回戦でも出てくるだろう。まぁ松葉先輩がいるとはいえ、調整程度の感覚だと思う。3番でエースの藤浪はおそらく外野スタート。先発は左の二番手投手の岩田が濃厚かな」


 大広間には選手全員が集まっていた。持ち込んだプロジェクターに映し出される今年の春の桐陽高校の試合映像を観ながら、扇の要であるキャッチャーの日下部先輩が解説していた。


「北條の攻め方はしっかりと内角に投げ切ること。外一辺倒だと、少しでも甘くなれば必ず拾われてスタンドインです。なので、こういうのもあれですがぶつけるつもりで投げ込んでください」


「ホームラン打たれるより死球の方がまだ幾分ましだな。勝つためだ。ここは甘んじてヒール役に徹するか」


「そうですね。勝てば官軍。北條さんには悪いですが、徹底的に攻めましょう」


「頼みました、松葉先輩、晴斗。3番の藤浪と5番の選手は北條と比べたら打力が落ちるから極端に恐れることはないと思います。ただ、投手としての藤浪は……一言で言えます。やばいです」


 日下部先輩は神妙な顔つきになった。それは4番を務める城島先輩や他の先発が予定されている先輩たちも同様に落ち込んでいた。その原因を作ったのは映像の中で圧巻のピッチングを披露した藤浪投手だ。


「最速155キロのストレート。変化の大きいスライダー。右打者の内角から外角へ逃げる最早魔球ですね。これだけでも厄介なのにカーブにフォーク。今すぐにプロ相手に投げても二桁は勝てると言われているほどです。唯一の救いは、おそらく藤浪は初戦では温存してくるということですね。代わりの先発で出てくる左の岩田も厄介ですが、城島先輩なら打ち込めるはずです。あと坂本! 3番のお前が打てば展開が楽になるから頼んだぞ!」


「……藤浪という投手、確かにすごいですが……ストレートはただ速い・・・・だけですね。スライダーも内角から入り込んできますが真ん中に入るか、もしくは真ん中から外に大きく外れています。見極めればどうってことないでしょ」


 悠岐はあくびを噛み殺しながら、何を悩む必要があるんだ、という視線を俺に向けた。そこで俺を見るのは辞めてほしい。こいつはまぎれもない天才。特に、観察眼という打者にとって必要不可欠な目を持っている。


「……おい、なんで理不尽な目で僕を見つめるんだ? お前も気付いているだろう? 気付いていないとは言わせないぞ?」


「……ん、多分なぁ。俺はお前と違って目がいいわけじゃないから、正しいかわからないけど。悠岐。お前、ストレートとスライダー、どっちが来るかわかるだろう?」


「まぁな。フフフン。さすがは僕が認めたエースだ」


「っちょ、ちょっと待て! 二人で話を進めるんじゃない! おい坂本! お前何に気付いたんだ!?」


 日下部先輩が発狂した。松葉先輩も城島先輩も、前のめりになって悠岐に詰めかからんとする勢いだ。やれやれと言わんばかりに悠岐は気付いたことを話した。


「いいですか、藤浪って投手は――――」


 悠岐は得意げに気付いたことを語った。それは明秀高校に一縷の希望を与える情報であり、坂本悠岐という人間が他を寄せ付けないか格別した才能を持っていることを知らしめることとなる。


 俺? 俺は初めから悠岐の才能を疑ってなどいない。ここにいる誰よりも俺は、悠岐のことを認めているのだから。それこそ嫉妬してしまうほどに。



 *****



 甲子園大会三日目。私、飯島早紀は朝一番の新幹線に乗って球場に向かっていた。晴斗君から連絡をもらい、まさか初戦から優勝候補筆頭の大阪桐陽高校と対戦すると聞いて目と耳を疑った。


「藤浪君と北條君擁する絶対王者。多分晴斗君は中継ぎだろうけど……大丈夫かな」


 私は居ても立っても居られなくなり、神楽木さんに頭を下げて予定をキャンセルして朝一番で兵庫に向かうことにした。


「明秀は松葉君、桐陽は岩田君が先発。カギはやっぱり中軸かぁ。明秀は北條君を、桐陽は城島君をそれぞれどう抑えるか……」


 明秀の4番、城島君は典型的な右のプルヒッター。左投手の岩田君との相性もいい。だけどこれは北條君にも言えること。なら他の要素と言えば―――


「明秀の3番。晴斗君と同じ一年生の坂本君。晴斗君曰く天才。彼がもし、岩田君だけでなく桐陽の絶対エース、世代最強の右腕、藤浪君を打ち崩すようなことがあれば……」


 絶対王者の陥落も十分にありうる。


「そして、明秀がリードした展開で終盤を迎えれば―――晴斗君が出てくる。フフッ、ついに晴斗君の全国デビューか。楽しみだなぁ」


 私は晴斗君から今朝もらったメッセージを改めて眺めた。



 ―――早紀さん。朝からすいません。ついに初戦です。多分俺の出番は終盤にあるかないかだと思いますが……必ず勝ちます。だから応援よろしくです―――



 たったこれだけのメッセージだったが、そこから晴斗君の並々ならぬ決意と覚悟がうかがえた。そして、に応援をよろしく頼んできた。


「お姉さんとして、よろしく頼まれた以上はそれにちゃんと応えないとね。でも晴斗君、気づいてくれるかなぁー。気付いてくれないとサプライズにならないよね」


 その前に、優勝確実の桐陽高校が登場する試合のチケットを買えるかどうか。あとはいい座席を確保しないと。私は来るべく争奪戦に思いをはせながら、メッセージを返した。


 ―――晴斗君、ついに初戦だね! 相手は桐陽高校で驚いたけど…頑張ってね! この試合に勝てば、優勝もありうるね! 私もテレビの前で応援してるよ! もし優勝出来たら、ご褒美上げるから、頑張ってね?―――


「フフッ、頑張ってね。晴斗君」


 多分このメッセージを見るのは試合前になるだろう。その時に驚いて、闘志を燃やしてくれたら嬉しい限りだ。


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