5話 とりあえず、異世界をぐるっと観光
「……あれが魔王か」
シンジが、装飾のない鉄兜越しに、それを見つめる。
「ひっ!?」
ラルが、小人妖精の危機察知力の命ずるままに、竜皮の鎧へと隠れた。
鹿のような細長い顔形。
獅子のようなたてがみ。
兎のような長耳が二本。
闇色の、落ち窪む眼球。
黒いずた袋を被ったような姿は不定形で、今は手足が七本ずつか。
未だ遥か遠くにあっても、根源的な恐怖を呼び起こさせる威容、異様だ。
「おお、これはなかなかに壮観ですな、シンジ殿」
「うん、コズミックな怖さがある。まぁ、仲間はギャラクティックなんだけど」
「どことなくキメラたる拙者と近しいものを感じます」
『お顔が何だか骨ばっていて、マイトのお友達になれそうなのですよ』
「とても魔王を前にした感想とは思えんのじゃ……」
ウォムリィが言う。
「魔王じゃぞ? 世界の仇敵じゃぞ? 貴様らそれでも勇者一行か。」
「俺は勇じゃい……勇者じゃない」
「否定したい気持ちが言葉を置き去りにしたのじゃ。
そういえばシンジ、お主は勇紋を持たぬ転生者じゃったな」
「そう。だから使命のあと乗せサクサクかき揚げてんぷらは認めませーん」
「ふむ……ほかの連中も、魔王を倒さんで良いのか?
わしに気兼ねすることはないぞ。一目会っておきたいだけで、特に情はない。煮るなり焼くなり、好きにせよじゃ」
娘じきじきの太鼓判であるが。
「興味なし」
「拙僧も」
「拙者……
『右に同じですぅ』
「お主らほんとに何のために旅しとるのじゃ!?」
シンジらは順に言った。
「とりあえず、異世界をぐるっと観光」
「拙僧は、置いてきた同胞の里をよりよい場所にするべく見聞を広めようと」
「主シンジの行く場所であれば、どこへでもついてゆきます」
『大儲けして、骨御殿を建てるのですっ』
「玉虫色な
呆れ顔のウォムリィに、ラルが言う。
「ま、こんな緩い連中だからよ。年長者のおいらがビシッと道案内してやんなきゃいけないわけよ」
「おいビビり妖精。誰がビシッと道案内してきたって言うんだ。昨日もあの狭い宿屋で迷子になってただろう」
「うるせぇ! 妖精とテメェらじゃあ、見てる世界が違うんだ!」
「それはお前がちっちゃすぎてどこでも大冒険になっちゃうだけだろうが」
「人間共がデカすぎるんだぜ!」
口喧嘩を始めたヒトと小人を見ながら、ウォムリィは改めて「やべー奴らを見繕ってしもうた」と思うのであった。
「来ましたぞ」
阿呆な会話を続けていると、漆黒の魔王がその巨躯を現していた。
「住民は全員、アキマにテレポートしたんだよな、ジオ」
「シンジ殿の仰せ通りにいたしましたぞ」
町の転移魔法陣は、シンジの判断で破壊していた。
魔王が、住民を追うことのないようにとの措置だ。
「……これは、違うのじゃ」
だが、どうにも様子がおかしい。
「へ? ひょっとして、パパ違い?」
「いや、あの冒涜的で禍々しい姿はまさに魔王。じゃが、中身が違う」
その、虚ろなる目を近くで認めたウォムリィが、確信を持って言う。
「あれは、魂無き魔王の
衝撃の事実と共に、“魔王の形をしたもの”が、ゆらりと
「「「『「……ッ!!」』」」」
ウォムリィの言葉を疑うわけではないが、虚ろなる魔王の圧力に、身が竦む。
「サム、がんがんいこうぜ。ジオ、呪文を準備。マイト、薬草もぐもぐ」
シンジが、竜皮の鎧、鉄兜の中で、冷や汗を垂らしつつ指示を出す。
そしていつも通り一党の先頭に立ち、左手の大盾を構える。
だが、気休めにもならない。
勝てない。
絶対に。
逃げ切ることさえ敵わない。
そう確信できる。
どうにか戦闘を回避する以外に、生き残るすべはないと思われた。
「なんとも嘆かわしいお姿じゃのう、父上」
ウォムリィが、小声で呟く。
「シンジよ、目を凝らすのじゃ。敵はあのような虚ろなる魔王にあらず」
「視力は1.5だ」
「ならば見よ。あの手足がうにょうにょのたくっている身体の肩辺りを。
アレは恐らく、
「ネクロマン!?」
「いや、ネクロマンサーじゃって……」
「こらあああああああ!!!!!!」
しわがれた怒声が、シンジとウォムリィらの
「……なんか、長老ネクロマン、怒ってない?」
「ああ言った翁はホロギウムに多いのじゃ。嘆かわしいのう」
「キレる老人はどの世界にもいるんだなぁ」
「転生者シンジィィィィ!!」
やれやれと肩をすくめるシンジとウォムリィに、長老魔術師がなおも言う。
「ようやく見つけたぞ―――ゴホッ!? ゴホッ!?」
「むせた」
「年甲斐もなく大声張り上げるからじゃ。血圧が上がるぞ」
「放っておけ! ……ん? ひょっとして、あなた様は……」
漆黒のフード付きローブに、
「お主が操っておる骸の娘よ。首を垂れよ。頭が高いぞ」
「はっ!?」
言われて、長老魔術師がよじよじと魔王の肩から降りてくる。
「気ぃつけろよ~」
「足腰が弱そうですからなぁ」
「身体が不定形故に、とっかかりが無さそうですな」
『おっかなびっくりなのですぅ』
「けっ。なかなか愉快な見世物だぜ」
好き勝手なことを口々に言われながら、たっぷり小一時間かけて降りてきた長老が、ぜぇぜぇと荒い息を吐きながら再びシンジたちの眼前に立つ。
「はぁ、はぁ……転生者、シンジ、ようやく見つけた、ぞ……」
「なに? 俺に用があったの?」
「そうだ。そもそも貴様をこの世界に転生させたのは、我が大望を成就させるため」
「へぇ」
シンジが、兜の奥で目を丸くした。
「それを、まったくこちらの策に乗らず、ウロウロとしよってからに!
挙句! 待ち構えていた中都で戦争となってしまった!
魔王軍は半減! どうしてくれる!」
長老が何とも身勝手な恨み節を吐く。
「いったいどういうことなのじゃ?」
ウォムリィがシンジに訊く。
「よく分かんないけど、この人の陰謀を俺が既読スルーしちゃってたみたい」
とりあえずと、シンジは謝罪する。
「めんご」
「ふざけるなぁぁぁ!!!! グエッホ!? ウオッ!?」
「サム、おじいちゃんの背中トントンしたげて」
「いらんわ! シンジ・アサキ、ここで会ったが百年目よ。貴様のその特別に強い魂を、我らが魔王の核とさせてもらうぞ!」
「……ほ~ん」
「いちいち反応が薄いわッ!」
シンジ転生の謎が明らかとなるようだ。
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