2話 魔蝎の姫にも五分の魂ですな

 ウォムリィが生まれたのは、六〇年前。ちょうど、リヒトとミリク、二人の勇者率いる一党が魔王を倒した直後であった。


「わしを拾ったヒト族の夫婦によれば、名状しがたい冒涜的な宇宙的禍々しさの卵が、洗濯に行った川をどんぶらこっこと流れておったそうじゃ」


「魔王って卵生なんだな。で、そのSAN値チェックに成功した洗濯夫妻に育てられたと」


「うむ。いかにも脆弱で殺し易そうない人間共であった」


「その倫理観はきっちり魔王のDNA」


「はは! わしはこの世の悪を煮詰めた魔王の赤き落とし子よ。魔王城のお山からすってんころりんせねば、今頃はホロギウムに殺戮と暴虐の限りを尽くしておったろうて」


 見た目一二、実年齢六〇の赤い小鬼少女が、カラカラと笑う。


「しかし、どうでもよくなった」


 言って、傍に仕える魔物たちの頭を撫でる。


「その夫婦は、我が子を水子にしておってな。わしを娘代わりに育てたのじゃ。魔王の娘と知りながら、じゃ。まったく阿呆な人間じゃった」


 その表情に、憂いが宿る。


「そして、すべての命を滅ぼす宿業しゅくごうを持ったわしを愛し抜いて、死んでいったのじゃ」


 そのとき、思った。


「このように、放っておけば勝手に朽ち果て死に行くような、儚く、憐れなものを、わざわざ殺めるのは不毛じゃと、な」

「それで、草食系魔王になった、と」

「その言葉の意味はよう分からんが、両親(仮)が死んでしもうたので、ひきこもり生活から脱し、地元の町で学生稼業などやっておったわけじゃ―――で、お主、シンジといったか」

「シンちゃんと呼んでくれても良いぞ」

「なんでそんなにすんなり受け入れておるのじゃ。魔王の娘ぞ? お主らの仇敵ぞ?」


 シンジが僧衣のオークと、着流しのエルフと、骨の商人を指しながら言う。


「仲間が見ての通りだから、ちょっと麻痺してるかもしんない」

「お主の常識、仲間で壊れよったのか……」

「あのさ、のじゃ姫さん。こっちからも一個いい?」

「誰がのじゃ姫さんじゃ―――なんじゃい?」

「いやさ、ここダンジョンのいっちゃん奥じゃない?

 てっきりボス戦だと思って、魔物寄せの強化粉バフパウダーたっぷりまぶしてきちゃった」

『ホネホネ商店の売れ筋商品ですぅ!』


 てへぺろ、とやるシンジと、マイトの嬉しそうなカタカタ言葉と共に、ウォムリィが従えていた魔物たちの目つきが変わる。


「な、なんじゃお主ら……どうしたのじゃ?」

『これは興奮し過ぎてお話を聞いてもらうのは無理っぽいのですよ』

「と、マイトが言っている。のじゃ鬼娘も」

「な!? おい貴様! 魔王の娘を肩に担ぐとは何事か! せめてそこはお姫様抱っこじゃろうが!」

「ごめん。ここはたわら様抱っこで勘弁しろ」


 シンジ たち は にげだした !


「はっは! 最後の最後でこれですか、愉快痛快!」

「さすがは我が主。いつでも予想の斜め裏側をめくるオチをつけます」


 大量の魔物をひきつれ、迷宮を駆け戻るシンジたち。


 走りながらジオが笑い、サムライエルフが謎の感心を抱く。


「お主らも何を呑気しとるか!」


 俵と化した魔王の娘が怒り出す。ラルも懐で溜息だ。


「ったく、相変わらずドタバタな奴らだぜ」


 シンジ たち は ダンジョン を こうりゃく した (?)


※※


 その後、狂言誘拐を働いた地元の子供たちに、シンジの制裁カンチョーを食らわせてから、宿屋でウォムリィの話の続きを聞くことになった。


 あと、地元の学生であるウォムリィが魔王の娘だというのは、幼女の笑えるジョークとして町に受け入れられているらしい。


「魔物たち結構殺っちゃってごめん」

「構わぬ。殺すつもりでやれと命じたのじゃ。連中もお主らと同じく、覚悟の上よ」


 このあたりの度量はまさに王の器であった。


「で、お主らの腕を見込んで、わしから一つ、依頼をしたいのじゃ」

「高いよ?」


 シンジが指で金のポーズを作って言う。

 現金な人間に、ウォムリィは鷹揚に笑う。


「はっは! 金なら案ずるな。わしが魔物どもに命ずれば、一両日中にはどこぞの村かエルフの里から金銀財宝ザックザク……」

「うん、やっぱ超特価で請け負うわ」


 その倫理観も、やはり魔王の器であった。


「依頼というのは、一〇年ほど前に復活した魔王のことじゃ」

「なんだ、ご挨拶でもしたいってか?」

「……うぬぅ、勘の良い人間なのじゃ」

「え? 正解だったの」


 ボケ潰しを食らったシンジは、赤ら顔をさらに赤面させる小鬼少女に驚く。


「魔王の娘、などと言ってはおるが、血縁があるわけではない。魔王が持つこの世すべての悪を煮詰めて固めて冷凍保存した卵からパッカーンと生まれたのが、わしじゃて。今あちこちを荒らし回っとる魔王とは姿かたちも似ても似つかん―――だが……」

「それはそれとして、一目会っておきたいということですな」


 ジオが言う。


「この永遠にも等しい邪悪な命が何のために生まれ、この先、なにをしたらいいのか、魔王ちちに会えば、何かしら分かるかもしれぬと思うてじゃ」


「うむ、分かりますぞ。拙僧も世界針さまに仕える身なれど、さりとて兄弟仲も悪かった己に、衆生救済など果たせるのかという迷いを抱えておりましたゆえ」


「拙者も……いやそれがしも……ううむ、まだ己を呼び表す言葉さえも分からぬままだ。姫君も、のじゃ語尾は大事になされよ」


「おいらも、一億年生きたところで一族じゃあ子供扱いだかんなぁ。いつ大人ってやつになれるのかと不安になる時があるぜ」


 ウォムリィの憂いに、ジオ、サムライエルフ、ラルが同調する。


「なぁマイト、うちのパーティ、年かさの癖にモラトリアム多くね?」

『マイトは、いつでも死してなお生き続けるありのままで等身大な白骨なので、迷いなどありませんよぉ』

「なんか、それはそれで命とは何ぞやとか思っちゃうな」


 ついにはシンジまで惑い始めて、話が暗礁に乗り上がりかかる。


「ま、俺たちの自分探しはまだまだこれからだってことにして、ウォムリィよ」

「なんじゃ」

「魔王ってどこにいるか分かるの?」

「それは案ずるな。わしの角は、魔王の気配を鋭敏に感じるのじゃ」

「へぇ、雨雲レーダーみたいだな」

「基本的に魔王の勢力は西高東低じゃ。西に向かえば会えるのじゃ」

「へぇ、そうなんだ」

「グッと気温と湿度が下がるので、気分が悪くなることもあるのじゃ」

「ん?」

「倦怠感、眠気、偏頭痛が頻発することもあるぞい!」

「待って、魔王って爆弾低気圧かなにか?」


 とりあえず会える算段は付いているらしい。


「じゃあ、なんでパパとの初対面に同席しないといけないの?」

「う……」


 そこで、ウォムリィがまた角まで赤くして、こう言った。


「……一人で会うのは恥ずかしいのじゃ」

『乙女ですぅ』

魔褐まかつの姫にも五分の魂ですな」

「主シンジ、如何しますか」


 シンジはサムライエルフの問いに答える。


「そりゃもちろん」


 まおう を さがし ウォムリィ と あわせよう !

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