エピローグ それは私のセリフではなくて?
「いやぁ、まさか、噛まなきゃ効果なしの薬草が役に立つとはな」
「けっ。骨の歯でも良かったのは幸いだったな。衛生的にも問題ねぇだろ」
『マイトはシンジさんのお役に立てて嬉しいのですよ』
鎧姿の少年と、小人妖精、骸骨商人だけが解せる会話を推測して、白い僧衣のレッサーオークが言う。
「これでようやく商人として売れる物ができたのですな。して、値段は」
相場感覚のないホネホネ商店の店主と店員が首を傾げている傍に、シルキの刺繍が施された着物姿のエルフがいた。
「サムライエルフ、いくらが良いと思う?」
「主シンジの仰せのままに」
「なるほど、とりあえずこっちの言い値で吹っ掛けてみればいいってことか!」
「とんだ悪徳だぜ。客なんか絶対つきっこねぇ」
げんなりといった様子のラルが、シンジの耳元で囁く。
「やいシンジ。おめぇ、本当にこのおっかねぇエルフ連れていくのか」
「やっぱり異世界で着流しの浪人スタイルは受けないかな?」
「ンなことは聞いてねぇよ」
小人妖精・
いよいよ珍妙な一党が、シルキの町を出て、再び砂漠を横断していた。
「ジオこそ、里のことは心配じゃないのか」
「なに、里長は、我が愚兄が立派に務めます。拙僧は、再び見聞を広めるべく、勇者殿と一蓮托生」
「勇者じゃないぞ」
「おっと、そうでしたな。旅人の
ジオが、その岩のようなしゃくれ顔をほころばせる先には、砂を渡る魔物と、魔物もどきたちの姿。
「ジオ様ぁ! お元気でぇ!」と、コブリン。
「我ら、この砂漠で、仲間と共に生きます!」と、ヌライム
「シンジ殿! 本当に、ありがとうございました」と、ショーガ
砂漠を跳ねるように進んでいく一団。
「愚弟よォ! 次なる喧嘩が楽しみであるなァ!」
最後に、ひと際大きな砂渡りに乗ったザオが、胴間声を張り上げる。
ジオは思わぬ見送りに、じんわりと目に熱いものを浮かべつつ、こう言った。
「これはこれは、武の方でも、研鑽を積まねばなりませんと」
「ジオ殿。鍛錬であれば、拙者がお供いたします」
「おお、サムライ殿、よろしく申し上げますぞ」
「サムライエルフよ、一人称は、
「仰せのままに、主シンジ」
「けっ、こまけぇ奴だぜ。どうだっていいじゃねぇか」
『賑やかになって、マイトは楽しいのですよ』
新たな仲間を伴って、シンジは再び歩き始めた。
ホロギウムの陽は、今日も
砂の海は、まだまだ続いていそうである。
どこへ向かうとも知れぬ道に向かい、旅人の声が一つ響いた。
「さぁ、旅を続けよう」
※※
ホロギウム東、ラギオ帝国のシルキにて、一つの事件が起こった。
シルキの兵士長ラースが魔族に化け、オアシスにあるナタクの里を足掛かりに、全亜人種の殲滅を計画していたというのだ。
しかし、里の住人たちと、とある旅人の決死の戦いによって、策謀は未然に防がれることとなった。
その過程で、里長のナタクが殺害され、ラースも逮捕された。
なお、ラースが化けた人狼ガルオウは実在する魔族であるが、行方はここ十年知れない。
その後の話をしよう。
砂渡り乗りとなった魔物もどきたちは、オークらと協力して、砂漠の魔物を一掃。シルキでの市民権を得る。
幸運は続く。
どこぞの旅人が、もう少しで攻略というところで放っぽり出した
早速、砂渡りのシャトルシャークを含めた、転移魔法駅を開通させ、大きな儲けを出すことになった。
何とも良い顛末ではあるのだが、フィアは、釈然としない思いがあった。
「ついに、誰も助けには来なかったわね」
ラギオ帝国の領内で、民が魔族率いる賊に襲われているというのに、兵の一人も里には来ず、シルキの町は平穏を保ち続けていた。
今こうして、砂渡りを駆り、転移魔法陣を管理する立場になるまで、里の人々は、この国で“いない者”として扱われてきたのだ。ただ気味の悪い、魔物もどきとして。
もし、シンジがふらりと里に立ち寄らなければ、ラースの思惑通り、里は滅ぼされ、豊かな水源を得た偽魔族軍は勢力を拡大し、亜人種の虐殺が起こっていたかもしれないというのに。
「私は、何もできなかったわ。一国の長が、レッサーオークに関節技を教練しただけなんて、ほんと、残念ね」
そう自嘲するフィアの金髪から、ぴょこっとリラが飛び出し、その小さな手で、悩める女王の髪を撫でる。
「リラ様……ありがとうございます」
「「内政干渉じゃね?」と、シンジさまに指摘されなければ、ラギオ皇帝に直談判しに行っていたところでしたからね。危なかったです」
などと言われているとは露とも知らず、フィアは少し元気が出た様子。
偽魔族の城から、シンジがくれてやった金貨を発見した。
国の財宝を買い戻す当ても付き、アキマも財政破綻を回避できそうだ。
しかし、そのほかからせしめた上納金については、行方が分からなくなっていた。
そもそもなぜ、一介の帝国兵士ラースが、
ラースは現在、刺客に受けた尻へのダメージが深刻で、入院している。
「私は、私の国を良くしていくわ」
フィアは気持ちを切り替えた。
と、そこへ。
「「フィア様~!!」」
「あら、ラットさんにウィンさん。里の滞在は五日程度だったのに、随分久しぶりな気がしますね」
「「シンジは? シンジはどこに行きましたか」」
「あら、残念ね。昨日、またさっさと旅に出たわ。何人かの仲間を連れてね」
「「残念なのは貴女です!」」
「声を揃えて失礼ね! ……引き留めておかないと、まずかったのかしら」
いろいろと間の悪い自覚はあるフィアが、部下二名に恐る恐る尋ねる。
「はい、実は……」
「中都リヒト=ミリクに、魔王軍が現れて、現在、激しい戦闘が」
「なんてこと! 私たちも加勢しましょう!
「「お待ちくださいせっかち姫」」
「台本でもあるのかってくらい声が揃うわねあなたたち!」
フィアがどう反応するのかが分かりやすいだけである。
「魔王軍の参峰が、喚き散らしておるのです」
「なんて?」
ラット&ウィンが、フィアの問いに、こう返す。
「シンジのバカはどこにいる!! と」
「はい!?」
魔王が、シンジを探していた。
「それは私のセリフではなくて?」
「「いや、別に貴女のセリフではありませんよ残念姫」」
「残念言うなっ!」
とりあえず、事態は風雲急を告げるのであった。
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