第一部 旅の最初は地球を救ってから

一章 まずは辺境王国殺人事件から

1話 俺はシンジ。通りすがりの転生者です

 ホロギウム。


 広大な十字型の大陸と、いくつかの島嶼とうしょからなる、いわゆる剣と魔法の世界だ。


 実際は、地球と同じような水と大地の惑星だが、この第一部に関しては、これくらいのスケール感で進行していくと思っていただいてよい。


 さて、時は、彼が異世界ホロギウムへの転生―――この場合、転移と書いた方が正確であろうか。読者が適宜、解釈して頂ければよい―――を果たした直後。


「ここは、森……? いや、山かな」


 演劇衣装のガラクタ甲冑に、ベースを背負った転生者は、とりあえずと、魔法瓶に入っていた味噌汁で一服。


 転生直前に自販機で買っていたコーラを飲み干すと、

「とりあえず明日考えよ。夜だし」

 手近な木の陰に腰を下ろし、仮眠をとる。


 まったくもって、天晴れなマイペースぶりである。


 しかし、安眠は訪れなかった。


 ―――ドォン!


 うとうととし始めたところで、大きな音に飛び起きる。


「な、なんだ?」


 どうやら明け方だったようで、山林の開けた場所に出ると、朝日がシンジを出迎えた。


「うわ……すげぇ」


 我知らず、山下さんかの光景に、呟いていた。


 まず、見えたのは大きな石造りの城だった。

 それを取り囲むように城壁が作られ、その内側に、同じく石の町が見える。


 ―――青く豊かな山に囲まれた盆地に立つ、辺境の王国アキマ。


「異世界、すげぇ」


 シンジは目を輝かせ、言った。


「……ん?」

 ―――どーん。

「「「うわああああ」」」


 と、大きな音がまたしていた。ヒトの悲鳴も上がっている。


「何をなさっているのですか」


 音もなく、気配もなく、喉元に冷たい刃物。死神の如き大鎌。


「ここは霊峰“仙竜山脈”の聖域です。みだりに立ち入ることは許されておりません」


 若い女の声だ。口調は丁寧かつ冷淡。


「お答えください。さもなくば、ここで処刑されても文句は言えないのですよ」

「分かった。でも、その前に一個だけ良い?」

「なんですか?」

「一旦、おしっこしに行きたい」

「はい!?」


 冷淡さが消えた。


「いやぁ、しくじったなぁとは思ったんだよ。次いつ飲めるか分かんないからって、寝る前につめた~いコーラ一気飲みするもんじゃないね」

「……ふざけているのでしたら、首を刎ねますよ」

「実はお姉さんに殺されかけた瞬間、ちょっと漏れちゃってて」

「え!?」

「いやぁ、膀胱の締まりには自信があるんだけど、さすがに蛇口も緩むっていうか

 ―――あ」

「なんですか今の「あ」は!?

 神聖なるこの場所で、お、おし……なんてしたら死刑!!」


 ついに首に掛けられていた大鎌と、丁寧語も外れた。


 振り向くと、シンジとそう変わらぬ年頃の、黒衣を纏った少女だった。


 シンジは、その細い肩に勢いよく掴みかかる。


「ひっ!? な、なんですか」

「……連れてって」

「え?」

「もうヤバい。ここから半歩でも動いたら、この聖域にシンちゃんの穢れた聖水がばらまかれちゃう」

「うううう……分かりましたよ!!

 近衛兵! ええと……急患です! ある意味!」


 白い肌を真っ赤に染めた少女の呼びかけに、二人の兵士がやってきた。


 シンジはこうして、ホロギウムで最初の危機を脱したのだった。


※※


「ありがとう便所のお姉さん」

「次にその二つ名で呼んだら首を刎ねます。

 ……私は、アキマ王国公認処刑人のラキィです」


 二人の兵士は、それぞれラットとウィンと言うそうだ。


「どうもラキィさん。俺はシンジ。通りすがりの転生者です」

「転生者……!」


 ラキィ、ラット、ウィンがざわつく。


「その反応だと、転生者って、ほかにもいるんだね。」

「はい。あの、シンジ様は、どうしてこのホロギウムに?」


 シンジは、ラキィの質問に応える。


「神様的な人から「友達の病気治したげるから、ちょっと行って来て」って」

「異世界の転生って、そんなお遣い感覚でするものなのですか!?」

「ラキィ殿、怪しいですぞ」と、ラット。

「この面妖な格好、不審者としか思えません」と、ウィン。


 酷い言われようである。


「着の身着のまま転生が仇になったか」


 シンジがぶつくさと言っていると、ラキィがこう尋ねた。


「シンジ様、“勇紋”はありますか?」

「なにそれ?」

「勇者の証です。この世界への転生者は、皆さん、もっておられます」

「ねーよんなもん。

それに、

「「「……え?」」」


※※


 シンジは逮捕され、ひったてられていた。


「正直者が馬鹿を見る世の中はんたーい!」

「うるさいぞ、おとなしく歩け」

「そうだ、偽物の勇者め」

「だから勇者じゃないってば」


 近衛兵の二人に比べ、ラキィのトーンはいくらか穏やかだ。


「まぁ、悪人ではなさそうなので、下山するまでおとなしくしていてください」

「そういえば、さっきとんでもない悲鳴が聞こえたけど、ここで何してるの」

「竜の討伐だ」

「竜!!」


 シンジは途端に勢い込む。

 ときめく単語を聞いてしまったのだから、仕方がない。


「竜がいるの!? いるなら見せて! すぐ見せて!」

「やかましい! 興奮するな! 我ら二人は姫直属の近衛兵ゆえ、竜には近づかん!」

「姫様直属? なら俺なんかを引っ立ててる場合じゃなくない?」

「「……いいのだ」」


 声を揃える兵二人。ラキィも、顔を俯かせている。


「姫は今、ここにはいない」

「じゃあ、どこにいるの?」

「……」

「ま、話したくないならいいけどさ」

「牢屋だ」

「ノータイムで言っちゃったー。そして恐らく国家機密的なこと知っちゃったー」


「「「「「ぎゃああああ!!!!」」」」」


 何故に一国の姫が投獄されているのか聞く前に、また大勢の大きな悲鳴が上がった。


「……さすがにやばない?」


 首に鎌を押し付けられても能天気だったシンジの顔が、少し曇る。


「案ずるな。竜討伐を指揮するは、六〇年前、魔王を倒せし勇者一党の槍兵として名を馳せた伝説のお方だ。英雄ベン殿に任せておけば、何の心配も―――」

「「「「「うぎゃああああああ!!!!」」」」」

「―――ない」

「安心を揺るがす盛大な悲鳴のあとで言い切る度胸はすごいけどもさ」


 シンジは、ラットとウィンの一瞬の隙を突いて、悲鳴の方へ走り出した。


「な!?」

「おい、待て!」

「あのような甲冑を着て、なんと素早い身のこなし。まさか、本当に勇者様なのでは」


 シンジが身軽なのは、鎧がアルミホイルと段ボール製のハリボテだからだが、神ならぬ黒衣の少女ラキィには分からなかった。

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