塩少々に、こだま少々
傘井
第1話 生活/syrup16g
仕事も終わり身が凍るなか特に予定もないので、どこにも寄らずに家路につく。
「ただいま」
ドアを開け誰もいない真っ暗な部屋におかえりの声を求めるも、案の定応答はなくただ孤独な感情が浮かぶ。
「あー人恋しぞ、あー人恋しぞー」
29歳OL独身の本音が、一人暮らしの散らかった部屋にこだまする。
「はーーー」
独りという真実から背けたくて、部屋に電気をつけると持ってた荷物をその場に投げて、そのままベットに置いてあるでかい熊のぬいぐみに勢いよく抱きかかってみる。
「くまおーー、私を癒しておくれーー」
くまおは突然魂を宿して動くことはなく、ただその虚無な目で私を見つめるだけだった。
「彼女が欲しいーーーーー」
直前まで甘えるために使っていたくまおを殴る形で、八つ当たりする。今度は虚無の目が怒っているように見えて直ぐにやめた。
「だめだ、これはもう。酒飲んで寝ようそうしよう」
私一条成美はそうつぶやくと、ささやかな晩酌をするため疲労した身体をベットから起こした。
風呂に入り『必勝』と書かれたTシャッと高校の体育時間から使っているジャージに着替えた。
「よし今日は、『天音の日々』を見ながら酒を飲もう」
お気に入りの百合アニメをDVDで再生しながら冷蔵庫で冷やしといたビールを飲む、孤独を忘れるには丁度良い至福の時間である。
「あーここの天ちゃんが、えりちゃんに告る所何回みても最高だわー」
29歳の彼女なしの私は、酒もまわった勢いで、一人事を言いながら泣いていた。
「彼女が欲しだけなのに。愛されたいだけなのに」
『天音の日々』も終わり、缶ビールも空になってまた孤独を実感する空気が押し寄せてきた。こうなるといっそう涙は止まらない。どうしようもないので、その場に横になって十分くらい思いっきり泣いて見た。
「私だって私だって好きでこんな性癖になった訳ではない」
中学生の時、長い髪の同級生が髪をゴムで縛っている所をみて確信した。
あー私女子が好きなんだ。
その後彼女にその事を伝えたら一日もしないで学校中に広まって差別され、私はその日からレズだという事を隠すようになった。そして今にあたるのである。
「このまま死ぬんだろうか」
一人言が突き刺さる。まぶたをつぶっても涙は止まる事を知らない
「うわーーーーーーん」
冴えない1人言は情けない泣き声に変わっていた。
その時私の声を抑え込むように携帯が鳴った。人恋しくなって電話に出る
「はい一条です」
「あ一条さん久しぶり。覚えてるかな高校の時の同級生氏神こだまです」
氏神と聞いてうっすら地味な顔がでてきた。
「あ、覚えているよ」
「ありがとう。今から一条さん家に行っていいかな」
時計を確認すると十二時を過ぎていたし、氏神とは同級生ぐらいの接点しかなかったので普通なら断る所だが
「うんいいよ。家片付けて待ってるよ」
「ありがとう。いそいでいくね」
よく考えればこの時何故気付かなかったんだろう。氏神が私の電話番号と住所を知っている事に。
でも私はこの時そんな思考回路に至る訳なかった。
氏神がきたらキスをして既成事実作って恋人にする。意外にあいつは顔タイプだったな。この二点で頭がいっぱいだったから。
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