終焉の魔王(16)

「間に合わなかった……?」

 放心するジュスティーヌを、リューンは情けで見過ごす。


 ゼムナ軍の打撃艦隊の方向で驚くほどの青白い閃光が確認された。高出力の無線交信が検出され敵方の部隊回線がわめきたてていると分かる。それはついに共有回線へと波及してきた。

 ひと言でいえば悲鳴。艦隊旗艦オデロ・セレナまで爆沈の憂き目に遭ったという。母艦を沈められた彼女が放心するのも無理はない。


「そんなぁ……、レミージョぉ……」

 か細い声が漏れてくる。

「なんだよ、男でもいたのか?」

「そうよ、悪い? わたくしだって人並みに恋だってするのよ!」

「不思議じゃねえよ。ただな、本当に大切な人間を戦場に置いている意味が分かってねえ」

 少し嗚咽混じりの相手に言い聞かせる。

「そいつには相当な覚悟が必要だってことだ。相手が死んで自分が保てなくなることもある。自分が死んで相手を苦しませることもある。どちらにせよ、目の前で一番見たくねえ光景を見なきゃなんねえんだぜ」

「そんなの分かって……」

「分かってねえ! 分かってねえからお前は呆けてるんだろうが!」


 ジュスティーヌもようやく自分がとうに撃破されてもおかしくない体たらくになっているのに気付いたようだ。それはじわりと身体の奥へと浸透していく。


「レミージョを殺した奴らに言われたくない! わたくしは女帝エンプレスよ! わたくしの大切な彼に手出しするなど許されざることだと知りなさい!」

 声のトーンは徐々に上がってくる。

「じゃあ、なんで死んだ? 敵の実力を見誤ったからじゃねえのか? そりゃなんだ? 結局は大軍の将だと驕り昂ってた所為じゃんかよ!」

「うるさい! 英雄の血統ライナックに逆らうのが悪いの! そんな連中、わたくしが全て殺してやるぅー!」


 精神感応のレベルが上がったのか、エオリオンがびくりと震えるとカメラアイが異常な光を放つ。弾けたように加速すると、ゼビアルへと一直線に突っ込んできた。


「おっと!」

「避けるなぁー!」

「無茶言うなよ」


 リューンは脳裏に走る輝線を現実に重ね合わせて躱す。エオリオンの固定武装とビームカノンから放たれる薄紫の光芒は更に凶暴さを増していた。

 頭部、胸部、腹部と決定的な急所となる部分を精密に照準している。一撃でも躱しそこねれば致命的。彼に掛かるプレッシャーは格段に増した。


「よくもー! よくも! よくも! よくもー!」

「がっつくんじゃねえよ! そんなじゃ俺様を平らげるなんて無理ってもんだぜ」

「さっさと墜ちなさい! わたくしは速やかに魔王を殺しにいかないといけないの!」


(あいつなら放っといてもくたばる気なんだろうけどよ)

 そこまで教える気はない。


 胸の中央に突き刺さりそうなビームを上段から斬り落とす。俊敏に回り込んできたエオリオンの砲撃も左の小剣で薙いだ。

 モニター越しに気迫さえ感じられる頭部へのブレードの突きを力場剣フォトンブレードの刃に沿って逸らせる。ジュスティーヌはそのまま機体をぶつけるように膝を飛ばしてくる。それを小剣のグリップエンドで叩き落した。


「あああー! わたくしはなんで剣王に勝てないのぉ―!」

「俺だって背中に嫁の命を背負ってんだ! 負けるわけねえだろうが! そいつが覚悟ってやつだ!」

「覚悟覚悟って偉そうに! 男っていつもそう! 女の為に死ねるなら本望っていうわけ? そんなのは迷惑なの! 結局泣かされるのは女じゃない! そんな世の中変えてやるんだからぁー!」

 更にエオリオンは加速する。


(こいつ、反重力端子グラビノッツ出力を上げやがったな?)

 捨て身の戦法だ。それだけヒステリックになってきている。


「やるじゃねえか! だが、ゼビアルだって本気を見せてないんだぜ!」

「ぐだぐだ言ってないで真剣勝負をなさい!」

「そうかよ」


 ヒップカノンが励磁を始める。中空に漂うターナミストと反応して金色の光を放った。ゼビアルが走り抜けた空間には一筋の軌跡が描かれる。

 エオリオンが背面飛行からビームカノンを向ける。追い付いたゼビアルは放たれたビームを斬り裂き、返す斬撃でカノンをも両断した。


「そんなに強いなら、どうして君臨しようと考えないの! 簡単なのに!」

 声に悔しさが滲んでいる。

「てめぇらがなんで終わろうとしてんのか教えてやんぜ。ただの獣が何を勘違いしたのか王様になろうとした。大間違いだ。強い獣って奴ぁな、満腹になったらその辺でゴロゴロしてんのが正解なんだよ」

「怠惰な戦士なんて忘れられて社会の隅に追いやられてしまうじゃない!」

「それくらいがちょうどいいって言ってんだ、こらぁ!」


 横薙ぎがエオリオンの腹部に浅く斬線を刻む。怯んだところへ更に踏み込み、斬り落としの一撃。躱した相手は右腕を肩口から刎ね飛ばされた。


「くぅっ! それならせめて魔王を墜とすまでぇー!」

「やらせるとでも思ってんのかよー!」


 反転して飛び去ろうとするエオリオン。ゼビアルの左腕の爪が展張すると、間から力場刃が発生する。遠ざかる敵機に、見る間に伸びたフォトンブレードが背後から一閃した。肩から腰まで真っ二つになる。


「あ……ああ。レミージョ、わたくしもそちらに行……」


 対消滅炉が爆炎の舌を伸ばして何もかも飲み込んでいく。コクピットも一瞬で焼かれ苦しんだりはしなかっただろうと思った。


「ふぅー、こっちは決着ついたぜ、魔王」

 独り言ちる。


 リューンは役目を終えた。彼に匹敵する戦気眼せんきがん持ちはもう存在しない。

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