終焉の魔王(9)
もはやすっかり身体に重みが馴染んだヘルメットギアの
正体を隠す行為に恥ずべき部分はない。遠い過去に捨ててきた感情。覚悟がなければ成しえない所業だと最初から解っていた。
様々な理由はあれど、何よりも一目でそうと感じられる
司令官室から
両腕に体重をかけてくる二人の娘から腕を取り返し背中を押し出す。三人はさんざめきながら通路を先へと走っていった。
低重力に身体を跳ねさせないように
「世話をかけた」
「いえ」
言葉少なだが仕事は確実。
「君ほどの腕前の持ち主ならば自適な生活も可能だろうに付き合わせてすまない」
「自分が選んだことです」
「見合う成果を見せねばならんな」
少し口元が緩み、「閣下ならば難しくはないでしょう」と返してきた。
ギアの上から大振りなヘルメットを被ってパイロットシートへと身を預ける。敬礼で見送るウォーレンに視線で感謝を告げてアームドスキン内部にシートを格納させた。
『
システム音声が告げるとともに現在の機体状態が知覚できるようになる。思考スイッチを使って、
「なんですかい?」
「御用でしょうか?」
2D投映コンソールに二つのウインドウが開いた。ヴィス・ハーテンとニコール・エデシが現れる。
「間もなく出撃する。私に何かあった時は『ラストフェイズ』のファイルを開け。そこに今後の事が書いてある」
「そのようなことをおっしゃらないでください」
「そいつは無理な注文でさあ。お嬢たちが死なせてくれませんて」
ヴィスは笑い事にする。
「頭に留め置いてくれればいい。君たちはもう普通に生きられる人間だ。事が成ったら過去の傷はこの仮面に押し付けて幸福を探せ。いいな?」
「閣下……」
「言われなくたってニコールの手は放しませんから気遣いは無用ですぜ」
一つ頷いて「それでいい」と告げるとウインドウを閉じる。足下に磁場カーテンが働いているのを確認すると発着口を開放する。
漆黒の大型アームドスキンは星の海へと落ちていった。
◇ ◇ ◇
言うまでもなく
そして、今みたいな出撃前の覇気の満ちる一体感を感じさせる時も気分を最高潮まで高揚させてくれるから堪らない。そこに身を浸すだけで自分が自分であると感じさせてくれる。
(なんだよ。見んじゃねえよ)
文句ではない。そこに居る誰もが期待に満ちた目で彼を見つめてきているので笑いが込みあげてきた。剣王であり総帥であるリューンを誰も彼もが望んでいるようである。
(しゃーねえ奴らだぜ)
格納庫だけで百二十名あまり。一隻なら三百人前後。艦隊全体なら約一万八千人の老若男女がリューンの一挙手一投足に耳をそばだてている。折りに触れ、振る舞いに華があると言われる。自覚はないが、こうも注目されれば認めざるを得ない。
(ゼフォーンでうろちょろしてた頃はこんな立場になるとはちっとも思ってなかったんだけどな。運命ってのは面白えもんだ)
そんな感慨も笑いのもと。
「いいか、野郎ども! ぶちかましてやんぜ! 俺らの怖さを髪の毛の先まで思い知らしてやれ!」
0.1Gの空間に歓声が響き渡る。腕を振り上げ声の限りに叫ぶ者がほとんど。何かに掴まってダンダンとスキンスーツの踵を打ち鳴らす者も続出する。それで跳ねあがってしまうようなヘマをする人間はここにはいない。
携帯端末を向けてきていた者もいたので拡散したのだろう。艦隊全体からほとばしる戦気がリューンの視界を煌びやかに彩っていた。
『σ・ルーンにエンチャント。機体同調成功』
ゼビアルのシートに収まり、コクピットに格納されると2D投映コンソールを操作して
「段取り通りか?」
「ええ、問題なくてよ」
「なあ、エルシ?」
問い掛けると彼のパートナーは「なにかしら?」と応える。
「こんなとこまで来ちまったぜ。どこまでが最初からお前の腹のうちだったかは知らねえがよ」
「…………」
「開放すべき技術を奴らが抱えこんじまったのが計算外だったんだろ? 『ラノス』が人類に向けて置いてったもんを独占しちまったからな。ライナックの腹をぶん殴って吐き出させるのが俺の役目だ」
この程度のカマかけではゼムナの遺志の表情は揺るがせられない。
「勘違い。あなたが生まれたのは、ライナックが自ら歪ませた運命によるもの。時代の矯正力であって、私たちの都合ではなくてよ」
「そこを上手に利用したって訳じゃん。まだまだ秘密は多そうだな」
「女の秘密に易々と手を出せば火傷ではすまされないかしら」
いけしゃあしゃあとのたまう。
「都合のいい時だけ女の振りすんじゃねえよ」
「こら、リューン! それは言っちゃダメ! ほら、みんなが待ってるんだからさっさと行って」
「うげ! 戦場に向けて嫁に尻を蹴り出される日が来るとは思ってなかったぜ」
あっち行けと手を振るフィーナにリューンはゲラゲラと笑いながら答えた。
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