終焉の魔王(6)

「ねえ、ドゥカル翁?」

 ここはベネルドメランの私室。エルシは肉声で問いかけた。


 手慣れた仕草で長いダークブロンドを背中へ払い、備え付けのデスクの椅子に腰掛ける。背もたれに体重を預け、肘を置いた机上を人差し指でトンと叩くとそこに白髪白髭の老爺のアバターが出現した。


『なんかの、エルシの嬢ちゃん?』

 胡坐をかいて彼女に正対する形だ。

「ふと思ってしまったのだけれど、あなたが正しかったのかもしれなくてよ」

『なんの話だか分からんのじゃがの』

「あなたの選んだ協定者の話。結果論だけれど、こんなに早くうちの子の宿願がもう一歩のところまで来るなんて思ってもいなかったもの」


 リューンとも話した事があるが、順調に進んで二十年、普通に考えれば三十年くらいを見込まねばならないと考えていた。軍事強国ゼムナの力はそう評価するに足る。


「準備に三年、実際にフェシュ星系に進出して八年。たった十一年で目の前にまで来ているかしら」

『じゃろうの。我が子もここを勝負どころと考えておるようじゃ』

「その判断も正しいと思うわ。それも、ただ軍事力を削っただけでなく、ライナックの血族を隔離する状況まで作り上げてよ?」


 普通の惑星国家であれば百二十~百五十隻の戦闘艦を保有していれば、不測の事態への備えは十分としている。多いに越した事はなくとも、維持管理に必要な軍事費とのバランスも考えねばならない。

 ところがゼムナは、元は有事に対応する打撃艦隊が三つに、軌道防備艦隊を一つ保有していた。それぞれが百二十隻規模である。地上戦力まで含めると、通常の国家の五~六倍の戦力を持っていたのだ。


「ここまで効率よく進められたのは、時代の子が二人存在したからでは説明できないと思わなくて?」

 エルシはそう結論づけた。

『できんじゃろう。じゃとて、あれ・・が時代の子じゃとも断言できんじゃろ?』

「ええ、違うと思うわ。彼は極めて特殊な存在。普通の国に生まれれば、容易に頂点へと登り詰めたのではないかしら?」

『否めんの。この国の為政者は眠れる竜の尾を踏んだというところかのぅ』


 彼らゼムナの遺志が探し出す時代の子は若年者の事が多い。能力は高くとも、それだけに精神的には未熟。健全に導くのも務めの一環だと認識している。

 しかし、ジェイルは違った。元より確固たる意志を持ち、貫徹する強靭さを示す。技術的なサポートをするだけで目的を達していく協定者。まさに鋼の魔王であった。


『嬢ちゃんが感心するほど順調なのかの?』

 エルシがわざわざ問いかけるに至った要因があると思ったのだろう。

「もちろん。エデルトルートのところに各国からの打診が引きも切らない状態。何人かは密使も接触してきているわ。打合せ通り、今後も軍需製品の輸出や各種権利の使用保護の内諾は与えている」

『保有軍事技術は儂らが関与せぬ以上、単なるデータ。ポレオンにも全て残されておろうからの』

「当然、本家側もスパイを置いているのだけれど、現状に焦りを感じているみたい。リロイは動いていないけど、ブエルドは内々に各国に助勢を求めてる」

 情報部を統括するブエルドは抱く危機感も強い。

『受ける訳がないのぅ』

「情勢を鑑みて、むしろ血の誓いブラッドバウへの協賛を検討する傾向が強まっていてよ」

『四面楚歌じゃ』

 極端な表現ではあるが正しいとも思う。

「それらの動きが全てジェイルの資する部分が大きいと思えば、あなたの判断が正解だったと思っても仕方ないのではなくて?」

『ほっほっほ、初めて嬢ちゃんに褒められた気がするのぅ。美人に褒められると悪い気はせんわ』


(つくづく変な個ね。私たちからすれば美醜など些事でしかないのに)

 彼女は伝わらないように思考を隠蔽する。

(もっとも、変わり者なんて他に幾つも思い浮かんでしまうのだけど)


 エルシは情報交換を続けつつ、会話を楽しみたいドゥカルに付き合った。


   ◇      ◇      ◇


 リューンはドリンクサーバーから持ってきたタンブラーの中身の冷たさを楽しむと、残りをベッドの妻へと渡す。フィーナは嬉しそうに両手で受け取り、口に運んでいる。


「思ったよりなかなかなんだぁ」

 口からこぼれた感慨に彼は「何がだ?」と尋ねる。

「あなたに血の繋がった家族を作ってあげたいとずっと願っているのになかなかできないもんねって思って」

「子供か」

「うん、ごめん」

「二度と謝るな。お前の所為じゃねえ。運だ、運」

 リューンは強く戒める。


 結婚して十年、なに一つ避妊策を採ってないのに妊娠しないのを気に病んでいるようだ。医学的には全く問題なしとの診断を受けているので、本当に運の話なのである。


「もしかしたらよ、悪いのは俺のほうかもしんねえだろ?」

 ベッドに腰掛け、妻の髪を撫でながら告げる。

「血が憎いばかりに子供が欲しくねえってどっかで思ってんのかもしんねえ。それが結果に出てんだとしたら、お前が思い悩んだりするのはお門違いだぜ?」

「お兄ちゃんは本当に頑固だもん。身体に影響するほどなのかも」

「だろ?」

 彼の気遣いを慮ってフィーナも軽口になる。

「もうちっとだ。今まではあんまり構ってやれない時期もあったが、これが終わったら本気で旦那をやる。もう、嫌ってほど幸せにしてやるかんな?」

「んふ、待ってる」

「期待してろ」

 頬に触れた手を彼女は引っ張る。

「でも、今夜はもう一回試して」


 頷いたリューンは熱い口付けを送って、もう一度身体を重ねた。

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