終焉の魔王(3)

 存分にエデルトルートをからかった後、リューンは地上との交信を終えた。傍観を決め込んでいたジェイルは、何かを心に決めたように吐息をつく彼に注目する。


(どうも何か迷いを振り切る為に軽口が増えていたようですね)

 静かに口を開くのを待った。


「前回ばかりはちょっと参った」

 珍しく消沈気味の口調。

「戦死者が多い。組織の性質上、気にしはじめたらキリがねえんだけどよ、正直堪えたよ」

「リューン……」

「大丈夫だ。ちゃんと考えた」

 彼の内心を知っていたのか、ずっと黙して語らなかったフィーナが気遣っている。

「覚悟はしてたつもりなのに、いつの間にか油断してたみてえだぜ。俺が引っ張ってやりゃ、いい勝負できるつもりになってた」

「それは思い上がりだし」

「ニーチェ、言わないであげて」


 娘はまだ何か言いたげだがフィーナに免じて口をつぐむ。おおかた、ライナック特有の傲慢だと指摘したかったのだろう。


「そりゃそうだよな。同じ戦術を繰り返してりゃ研究されるに決まってる。完全に裏をかかれて死なないでいい奴らを死なせちまった」

「そう簡単ではない。敵軍が状況に応じた紙一重のタイミングを掴んだだけだ。失敗すれば大敗に陥りかねない戦術だった」

 フォローするもリューンの様子は変わらない。

「思い知ったぜ。俺がおざなりにしてきたもんがどれくらい大事かってな」

「命は取り返せなくても失敗は取り返せるよ。同じ轍を踏まなければ、きっと彼らへの手向けになるから」

「ありがとな、フィーナ。だから、ここからの戦闘を落としたくねえ。さっき、エデルに連合のブレインだって言ったのは例えでも何でもねえんだ」

 これが本旨らしい。

「頼まれてくれ、魔王。全体の指揮はお前に託す。俺を含めたみんなの命を任せたい」


 魔啼城バモスフラの司令室が沈黙に包まれる。剣王の要請はそれだけ重大なこと。彼らの総帥が請けるか否かで今後の戦闘は様がわりする。血の誓いブラッドバウ含め全ての戦力がケイオスランデルの指揮下に入る事になるのだ。


「よかろう」

 事もなげに答える。

「ただし条件がある」

「分かってる。うちを前のほうに配置したって構わねえ。絶対に命令を守らせる」

「それは難しいだろう。配下は貴殿の為人ひととなりに惚れこんでいるものが大多数。殉じる覚悟はあれど、命じられたからとて私に従うのは面白くなかろう」

 わだかまりを感じるのは禁じ得ないと思われる。

「嫌々動いたってどうせ機能しないし。地獄うちはパパが連れていってくれるライナックのいない未来を信じてるから忠実に命令を実行するの」

「そうよね。うちはリューンに憧れて入ってきた人なんてのもいるもん」


 協定者の看板や剣王の生き様、国際的な信用度、格好良さや出世欲から入隊している若者が少なくないとフィーナは説く。彼の活動方針に共鳴している人間の数が限られるのは否めないと言う。


「得心させるには時間と手間が惜しい」

 実利的な話に持っていく。

「作戦書という形で提案させてもらう。我らが普段から運用している方法だ。私の命令ではなく、貴殿が承認した作戦書に忠実に従うよう命じてくれ」

「それで良いのか? お前の手柄は……、あー、そんなもんを望む性質たまじゃなかったよな。すまん、助かる」

「でも、それは容易ではないのではなくて?」

 エルシが懸念を口にする。

「相手の作戦を読み取るところから、うちの連中が作戦書をどう理解するかという部分まで考慮しなくてはならないわ。並大抵ではないかしら」

「当然、完璧な作戦書を仕上げるのは無理だろう。フロー方式の行動選択で遊びを設けようともな。どんな事態が起こり得るかは私も予測不能」

「そうだよな」


 リューンも渋い顔になるが、ニーチェは「パパだったらできるし」と豪語している。叱ると舌を出していた。頭上のアバター、ルーディが悄然としているので彼女なりに反省はしているのだろう。


「ゆえに協力を願う。予期せぬ状況での行動選択や方針転換の場合は奥方を介して指示させてもらう」

 自分が関わってくるとは思っていなかったのかフィーナは目を丸くしている。

「わたし? うん、役に立つのなら喜んで」

「責は負う。中継してくれるだけで構わん」

「フィーナ、悪ぃ。頼むわ」

 彼女は切り替えも早く、「任せて」と胸を張っている。

「剣王は珍しく確かな選択をしたから安心してもいいし。これで勝ったも同然だもん」

「珍しくは余計だ、珍しくは!」

「じゃあ、たまたま?」


 リューンが舌打ちして睨みつけるとニーチェはルーゴをけしかける。猫パンチに爪先で応戦している青年の脛にロボット犬ペコが牙のない口でかじりついていっている。遊びだと思ったようだ。


(舞台は整ったようですね)

 ルーゴに加減を呼びかけながらジェイルは考える。

(別にブラッドバウの敗北を願っていた訳ではありませんが、程よいダメージが僕にとっては都合のいい薬になりましたか)

 この好機を利用しない手はない。

(それならば、少し気を入れて作戦を立てねばなりませんね。事態の終焉へ向けた状況作りが不可欠です。さあ、どうしてくれましょう)

 気負って独りよがりな作戦を立てては意味がない。


 まずは対戦経験の多い剣王から女帝エンプレス為人ひととなりを聞き取る。ニーチェからはプリシラの知りうる限りの性格を聞き出さなくてはならない。


 舞い込んできた好機に、ジェイルは頭の中で計算を進めていくのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る