善悪の向こう側(9)

「ひと際派手に着飾ってんじゃねえかよぅ?」

「他人のこと言えた義理?」

 リューンの揶揄にジュスティーヌは鼻を鳴らしている。

「あんたのギラギラには敵う者はいないでしょう。わたくしたちは目立つのも仕事。血は争えないんじゃない?」

「解ってんじゃねえか。じゃあ、互いの首筋に牙を突き立てて殺し合うのも血のなせる業ってやつじゃねえのか?」

「そこまで認める訳にはいかないのよ。品行方正な相棒が臍を曲げてしまうもの。でも嫌いじゃないわ、その考え方」


(つくづく同族だと思うぜ)

 剣王は刃を交えつつ思う。

戦気眼せんきがんが強く現れるライナックってのは似た性質になっちまうのかもな)


 噛み合うブレードの火花の向こうに歯を剥き出しにして笑う女の顔が透けるような気がする。気合一閃ふり抜き、左を突き込もうとすると同時に女帝エンプレスもビームカノンを突き出してくる。

 フォトンブレードとビームがそれぞれの頭部の横を通過。ビームコートが蒸散して白いガスがなびいた。


「リロイの爺のくだらねえ企みに乗ってお前に何の得がある?」

 性質が同じなら、抱く嫌悪感も同じのはず。

「別に。お爺様が何を考えておられようと知った事ではないわ。ライナックが頂点でないと困るだけ」

「権力欲とは無縁だろうが」

「興味はないわね。でも、こうして綺麗なドレスを纏って敵と斬り結んでいたいと思うなら、この地位は必要なのよ」

 そこまで言われるとリューンも鼻白む。

「てめぇはとことんライナックだな。血が凝集して女の形をしてるみてえだ」

「獣って言わなかったところは褒めてあげる。もっとも、お互い様って思ってよ?」

「俺も馬鹿なこと言ってるって思ったぜ」


 ジュスティーヌは懐に入り込んだゼビアルをビームカノンのグリップエンドで殴り付けてくる。肘で弾いて胸の中央へと切っ先を向けるが、機体を開いて躱した。腕をこするように振り下ろされる斬撃に、更にイオンジェットを噴かして踏み込み肩で押し退ける。


(ちっ!)

 視界の隅にレギュームの影。

(組ませると厄介か)

 ペダルを踏み込もうとする足を制止する。


 だが、放たれたビームは菱形の光の盾の表面で防がれる。漆黒の巨体が射線に分け入っていた。応射をするが、その頃には機動砲架は跳ねるように移動している。

 他の三基の追い打ちはこない。デュープラン本体をルージベルニが連射で退けている。隙を突いて滑り込ませた一基だったようだ。


「上手いわよ、プリシー。わたくしもこのエオリオンでの実戦に慣れてきたわ。そろそろ本気で行くわよ」

 彼女の新型専用機は『エオリオン』というコードらしい。

「墜ちなさい、剣王!」

「くたばるのはお前のほうだ、女帝!」

「楽しいわ! なんて楽しいの!」

 共有回線に哄笑が響き渡る。


 迫る輝線ギリギリに機体を滑らせる。リューンとゼビアルにしかできない芸当だと思っていたが、ジュスティーヌのエオリオンもバルカンの射線を撫でるように近付いてくる。パイロットとして同格の敵だと認めざるを得ない。


(そうなりゃ機体性能の差がものを言いそうなもんだけどよ、このエオリオンってアームドスキンもかなり絞れてんな。ゼムナの技術者も無能ばかりじゃねえって事かよ)

 感嘆してばかりもいられない。

(だがな、俺の闘志は衰えてねえぞ。あの日誓った思いのままにライナックを滅ぼすまで止まりゃしねえからな!)


 目にも留まらぬ一閃が両機の間で再び火花を散らす。しかし、リューンの闘志は違う形で逸らされることになる。


「剣王、上だ」

 魔王の声と同時に、フィーナからの警告カーソルが上を示す。

「なんだ、こいつら?」

「予備戦力ではなさそうだ。ここからは見えない位置から回り込んできたらしい」

「孤立させる気かよ!」


 両翼に展開した双方はそれぞれに衝突している。ライナック同士の戦闘という、余人の入り込む隙のない場所を避けていた。

 ところが、問題の部隊は戦闘宙域の上方を移動すると、彼らの後方の間隙に入り込もうとしている。剣王たちを孤立させるといえばそうなのだが、逆に言えば前後に敵を抱える位置だ。


「何を考えてやがる!」

 ブラッドバウのアームドスキン隊はそれほど迂闊ではない。

「お望みなら潰してやんぜ!」

「行かせると思って?」

「ジュスティーヌ!」

 ここぞとばかりに攻撃を強めてきた。

「あれはアリョーナ配下の部隊。でかしたわ! そのまま攻め崩しなさい!」

「謀ってやがったな!?」

「あなたのとこの配下ばかりが優秀だとは思わないことね。うちにも機転が利く者がいるの」


 分断する意図はないようだ。迂回部隊は血の誓いブラッドバウのアームドスキン隊の盲点へと切り込んでいく。

 両翼へと注意を向けていた戦列にゼムナ軍機が雪崩れこみ切り崩している。自分たちの総帥であるリューンがそう簡単に抜かれる心配はない、敵もそこを避ける筈だという観念が盲点を作り出していたのだ。


(脆い。このまま行かせたら両翼の戦列まで浮き足立っちまうじゃん。数は知れてるってのによ)

 彼は堪らず反転する。魔王の指示でルージベルニがそこを埋めたので追撃はない。


 しかし、迂回部隊の背後に迫ろうというところで、更に後ろから戦気を感じる。反射的に振り向くと別動隊が割り込もうとしていた。


「なんだとー!」

「当り前よ。アリョーナが動いたってことはマフダレーナも動いているわ」

「くそっ! 戻んねえと!」

 ジェイルとニーチェを置き去りにする形になる。

「もう遅い。行け、剣王」

「だってよー!」

「ここは抑える。アームドスキン部隊を立て直さねば全体が崩れるぞ」

 二段構えの敵の策に嵌ったのを悔やむ。

「すまねえ、魔王!」


 二人を取り残してリューンは迂回部隊の背を追った。

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