善悪の向こう側(8)

 ゼムナ軍打撃艦隊と血の誓いブラッドバウ地獄エイグニル連合艦隊は、本星から通常航行で二日の位置で戦闘状態に入る。総数で二百七十隻、参戦するアームドスキンに至っては八千機を超える大規模戦闘となった。


「どこもかしこも獲物だらけじゃねえか」

「そんな感想を抱くのはあんただけだよ、リューン。オレたちは勘弁してほしいと思ってるって」

 青い縁取りの入ったパシュランで随伴するオリバーの言は如何にも心外だ。


 リューンにしてみれば想定内の状況である。ゼムナと本気で喧嘩をするなら、この規模の戦闘は避けられないと思っていた。逆にいえば、ゼムナ側は意外にも戦力を小出しにしてきたと感じる。

 それには連合している地獄エイグニルの存在が大きい。組織規模では測り得ない戦果を挙げてきている。戦力を削る意味もあるが、位置取りでもゼムナ軍に二の足を踏ませてきた。


「今回は下に回ったか」

 魔王は足下に位置している。

「魔王軍か? あの位置にいたほうが厚みを見せられると思ってるんだろう」

「あいつはそんなに単純じゃねえ。何か企んでる。一時的にでも指揮下に入ったお前のほうが分かってるだろ?」

「だけどさ、一切読めない。あの人はオレたちとは頭の中身が違いそうじゃん」

 青年は失笑して「違いねえ」と言う。

「分かってるんなら気にしても仕方ないっしょ。わたしたちはいつも通りやるだけ。っていうか、それしかできない」

「お前、俺を考えなしだって馬鹿にしたな、ネイツェ?」

「嫌だったらケイオスランデルくらい楽させてよ、リューン。居残り組のはしゃぎっぷりったらなかったんだから」


 僅かな損害だけで第二打撃艦隊を半壊させた居残り部隊の連中は自慢たらたらだったらしい。そのほとんどが魔王の作戦による戦果だとしても、洗練された戦術による勝利は彼らを酔わせたのだろう。


「あれを俺に要求すんなよ」

 剣王は不貞腐れる。

「だいたい、いつも通りの戦い方しかできねえのはお前らだって一緒だろうが」

「おっと、これは一本取られたかも」

「『かも』じゃねえ! ここで後れを取って恥かかせんじゃねえぞ」

 無論、冗談だ。

「一番気にしてんのはあんたなんじゃないか? って、ご本人がきたぜ」

「ああ、みたいだな」

「まさか聞こえてないよな。地獄耳とか言って」

 予め決めてある友軍回線でなく部隊回線なので聞こえてないはず。

「どうした、魔王?」

「新型機を確認した。対処に幅が必要だろう」

「さっき聞いたところさ。ジュスティーヌも馬鹿じゃねえ。同じヘマはしねえよ」


 リューンも赤いストライプの散りばめられた黄色い機体の事は聞いている。自身のカラーであるのでパイロットは女帝エンプレスと考えて間違いないだろう。


「パパが援護するって言ってるから助けてあげる。感謝してもいいし」

 やってきたニーチェも鮮やかな赤い機体を閃かせる。

「でけえ口叩くんならやって見せろよ、小娘」

「ほんとはケイオスランデルとルージベルニで十分だけど、あんたのプライドが許さないだろうから、おこぼれくらいはあげるし」

「おうおう、そいつはありがとよ」


 ゼビアルの手をひらひら振って見せるとルージベルニはそっぽを向く。賢しらげなところが子供っぽくて笑える。憎まれ口を叩くのは彼を認めている証拠だ。


「下がらなくていいんですか、ケイオスランデル。うちの大将に付き合っていたら全体は見えませんよ?」

 オリバーは魔王に一定の敬意を払っているらしい。

「構わん。女帝だけ抑えておけば戦闘隊長二人が状況に応じて指揮をする。オプションは授けてある」

「あー、そういうの慣れてるんですよね、そっちは」

「やけに含みがあるじゃないの。何だったらエイグニルに入れてもらえば?」

 ネイツェがからかう。

「向き不向きがあるんだって。オレみたいのだと神経使って頭痛と仲良しになってしまうじゃん」

「つまんない。浮いた分のギャラをこっちに付けてもらおうかと思ったのに」

「おい!」

 軽口にツッコんでいる。


 キリのいいところでリューンはオリバーたちに下がるように合図した。ジュスティーヌとの戦闘に巻き込めば彼らはただで済まない。それよりは敵部隊への切り込み隊長として機能してくれなくては困る。


「どう見る?」

 三機になったところで魔王に訊いた。

「前回の戦闘記録は見た。普通に考えればあれは女帝の専用機。随伴のデュープランには別のパイロットを据え、中距離での援護及び牽制に専念させるのだろう」

「予想は同じって事か。なら、難しくはねえな。あんたらがレギュームを黙らせてくれりゃ、その間に俺がジュスティーヌの専用機を墜とす」

「当面の方針はそれで構わん。あとは流動的になるな」


 ケイオスランデルだけでレギュームへの対処ができるならルージベルニを彼と組ませる気なのだろう。そうなれば確実だといえる。


「まずは探りを入れるか」

「うむ」


 ケイオスランデルはゼビアルの後方に付いて加速した。


   ◇      ◇      ◇


「予想通りの配置になってるわ」

 アリョーナは機を逃すまいと目を皿にする。

「気取られないように動きなさいよ。もう少し引き込んで」

「慎重に過ぎたりはしない。確実にいくぞ、アリー」

「息が詰まりそう。でも、ここが勝負どころ。我慢しないと魔王を出し抜けない」


 タイミングはマフダレーナに任せている。彼女の提案でもあるし、閃きにも頼りたい。良くも悪くも杓子定規なアリョーナのタイミングでは見抜かれそうな気がしたからだ。


「もっと……、いや、今だ!」

「全機、予定位置に突入!」


 マフダレーナの指示でアリョーナは手札を切った。

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