善悪の向こう側(6)

 第三打撃艦隊の進発が遅れたのは、第二が深刻なダメージを受けたからである。元々予定していた補給物資の移送以外に戦闘機材の補充まで行わなくてはならなくなった。その準備がなかなか整わなかったのである。


「どれだけ手間取ってくれたのよ」

 ようやく第二と合流を果たした第三艦隊旗艦オデロ・セレナの艦橋ブリッジでジュスティーヌはぼやく。

「仕方ありません、姉上。巨大な生産区画を持つ宙軍基地と違って、地上本部の工廠は開発がメインです。一日当たりの生産量に雲泥の差が」

「宇宙施設の低重力下とは生産性にも大きな差が出るにしても遅すぎない? たるんでるんじゃないの」

「用途が違えば設備にも違いは出てきます。私たちが救助した宙軍基地の人員を下ろしたので人手には困らなかったでしょう。ですが、聞いた話では地上兵器工廠の設備に絶望の声が漏れたらしいのです」


 宙軍基地に配属される技術者や工員は専属の者が多い。そこの設備しか知らずに働き続けている。

 休暇を取得して本星に降りる事も多々あれど、それはバカンスであって娯楽施設に出向く。わざわざ地上の設備を覗きに行くような人間は奇特な部類に入るだろう。


「人手を動員できても宙軍基地の自動化ラインには遠く及ばなかった訳ね」

「はい、残念ながら」

 副官のプリシラが淡々と応じる。

「機材の調達はしてきたんだから、きっちり働いてもらわないと。遊ばせていられる兵員なんていなくなってしまったわ。猪武者タドリーが大勢つれて心中してしまったんだもの」

「そんなふうにおっしゃるのは……」

「事実だもの。わたくしは無能は大嫌い」

 倍以上生きてきた血縁の軍人を捕まえてけなす。


 ジュスティーヌはそう公言し続けているので気にしない。合流したばかりの第二の敗残部隊の者は震え上がっているかもしれないが知った事ではない。信条を曲げるつもりは欠片もない。


「悲しいかな、あちらのほうが有能ときてる。敵さん、来てますよ、女帝エンプレス

 気安い調子の声が彼女に届く。

「そうなの、レミージョ。規模は?」

「解析結果じゃ百ちょうどくらいですね」

「それだと連合軍だわね」

 観測士ウォッチのレミージョ・ニリアンの報告に気軽に応じた。


 彼は宙軍基地中央管制室所属だったが、救助した後は旗艦の観測士ウォッチとして引き抜いている。気心が知れているのと有能さを買っているのだ。


「数は確か?」

 あっという間に馴染んだ彼が周囲にも確認を取る。

「光学、重力場ともに圏外ですけど電波レーダーにばっちり映ってます。レーザースキャンも打ちましたから数のほうもほぼ正確ですよ。覗きこんだのもバレましたけどね」

「連中、隠密航行もしてないわけ?」

「ターナミスト保持磁場圏を展開したら電波レーダー利かなくなりますから、そっちを気にしてるんでしょ」

 電波を変調させるターナミストは受送信ともに影響が出る。

「どっしり構えてくれちゃってるじゃないの。レーダー照準で艦砲撃ちこんでやろうかしら?」

「この距離で撃っても、鼻歌混じりの防御磁場で防がれるだけですって。その後はお互いにターナミストを放出して、いつも通りの光学観測距離戦闘になるだけですよ」

「分かってるわよ」

 ジュスティーヌは唇をとがらせる。


 どれだけ光学機器が発達しても精密観測距離には限界がある。搭載しているのが航宙機であるが故の加減速や振動。対消滅炉ジェネレータや内部の機材が出す振動。搭乗している人間が出す振動。観測の邪魔になるものは多種多様に及ぶ。

 宇宙空間という距離のスケールでは、その毛先に満たない夾雑が数十万km、数百万km先の膨大な誤差に変化する。精密観測はブレ補正技術との戦いであった。


「そもそも射撃レーダーなんて無用の長物、発射できるかどうかも怪しいもんですよ? 製造されてから一度も実戦使用していないものなんですから」

「へ?」

 彼女は耳を疑う。

「冗談でしょ?」

「冗談ですって」

「この、お調子者!」

 くすくす笑うレミージョを咎める。

「ちゃんと定期点検リストには載っていますって。いくら動作テストしたって今後一切実戦投入される事はないんでしょうけど」

「そうよねえ。大いなる無駄よねえ」

 ジュスティーヌは頬に手を当てて溜息をつく。


(本気で射撃レーダーの機能なんか削減してやろうかしら?)

 彼女は検討の余地があると考えてしまう。

(それでも、何があるか分からないのが宇宙ってものだし、戦闘ってものなのよねぇ。削った途端に無いと困るような事態が到来するのもお約束だし)

 誰もがそう考えたが故に射撃レーダーの機能が現代まで残されているのだろう。


「姉上? そんな事で悩まれる時間があるのでしたら、血の誓いブラッドバウ地獄エイグニル連合軍への対策に悩まれたほうが建設的だと思いますが」

 プリシラに平坦な声音で指摘される。

「まあ、プリシーの言う通りなんだけど、あれだけどっしりと構えてるってのは小細工抜きでぶつかってくる自信の表れだと思えない?」

「お忘れですか? 相手は魔王です。姉上のその心理状態まで彼の罠でないとは言い切れないでしょう?」

「う……」

 そう言われるとターナミストを放出していない状態さえケイオスランデルの罠のように思えてくる。

「ちゃんと考えてるから」


 半ば言い訳だが責任は感じている。宗主への直談判で航宙戦力全ての指揮権を奪い取ったのだ。打撃艦隊の総司令の地位は冗談では済まされない。


(その分、機転の利く部下も手に入れたんだから戦術の幅は増えるはず)


 ジュスティーヌは居並ぶ百七十の艦隊に目を走らせた。

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