善悪の向こう側(5)

「これは……」

 プリシラ・ライナックは呆然と見上げた。


 上官に連れられていった第三打撃艦隊旗艦オデロ・セレナの格納庫ハンガーには鮮やかな黄色に赤いストライプが映えるアームドスキンが静かに眠っていた。全高は21mほど。平均的なサイズである。

 フォルムはゼビアルに似ているような気がする。無駄を削ぎ落し突き詰めていくと似たような機体になってしまうのかもしれない。


 推進機ラウンダーテールに砲口を切ってあるのではなく、独自可動式の砲身が背中から上に伸びているのは武骨さを感じる。しかし、全体としては細身で、俊敏さを秘めていそうなのはルージベルニに近いかもしれない。

 優美な曲線を多用しているのはジュスティーヌの希望なのだろう。彼女は好戦的でいて、芸術を嗜む趣味をも持っているからだ。


「ZASFSL004J『エオリオン』よ。わたくし用に開発されていた機体」

「では『デュープラン』は?」

「あれは軍工廠の所長が偏った趣味で開発を指揮したアームドスキン。試してくれって懇願されたから乗ったけど、剣王に指摘された欠点は拭えなかったわね」

 軍工廠所長は懐古趣味で有名な人物だ。

「私にはよく分かりません。デュープランは大戦中、比類なき攻撃力を発揮した『ディアラン』をベースに仕上げられた機体の筈です。剣王が指摘したのは現実的な問題点と言えますが、ではディアランはどうやって強者でいられたのでしょうか?」

「これはわたくし個人の推論よ。機動砲架レギュームを操作していた協定者ディオン・ライナックの妹リシェールと、メインパイロットのマイヤ・ピレリ―は怖ろしいほどに波長の合うコンビだったのではないかしら?」

「ケーブル長を気にして互いに遠慮するような事はなかったと?」


 デュープランに搭載された四基のレギューム。運用の効率を求めればどうしても四方向に飛ばしてしまう。一ヶ所に纏めてもほとんど意味を成さないからだ。

 しかもパイロットが搭乗しない機動砲架。加減速に縛りがない利点を最大限に発揮しようとすれば広範囲を可動域としたい。そうすれば中心に位置するアームドスキン本体の可動域は制限されるのは自明の理。剣王はそこを突いてきた。


「ですが当時も大差ない運用をしていたと思うのです」

 プリシラはにわかに信じられない。

「本当に推論。それこそ当て推量の域を出ないのだけれど、もしかしてマイヤは常に放出しているケーブル長を把握していたんじゃないかしら?」

「ケーブル長を? 私はσシグマ・ルーンからのフィードバックでパーセンテージを把握していますけど、メインパイロットにまでフィードバックするのは負担が大き過ぎる気がします」

 マイヤ・ピレリ―のほうがジュスティーヌより能力が高かったとは思いたくない。

「記録を紐解くと彼女はガンナータイプだったと思うの。近接戦闘を得意とするわたくしと違ってフィードバック領域にゆとりがあったのだとしたら辻褄は合うでしょう?」

「……確かに」

「やはりパイロットに合わせた機体でなくては万全に近い運用は難しいって証左ね」


 上官はお仕着せのアームドスキンが合わなかっただけだと主張する。その推論はプリシラの中でも綺麗に収まったと感じた。


「だからデュープランはあなたに任せるわ」

 ビクリと震えて振り返る。

「私一人にですか?」

「わたくしの知っている範囲でレギュームとの親和性の高さはあなたが一番。アームドスキン本体に格闘戦をさせる運用をしない限りは、あなた一人でも十分動かせると思うわ。いや?」

「いえ、一応はそういう訓練もしていますけど限界もあるかと」

 ジュスティーヌと同じく単独操縦の訓練も受けている。

「できるわ。だってコンビを解消するわけではないもの。あなたの傍にはこの『エオリオン』を駆るわたくしがいるのよ? どこに不足があって?」

「そうですね」


 二人で新型専用機を見上げる。エオリオンが前面に出て砲撃戦から近接戦闘までをこなす。その背後でデュープランが変幻自在な援護砲撃を行うのだとしたら盲点は無いように思えた。

 偶然に目を合わせると互いに口元に微笑が浮かんでいる。二人して同じ考えに至ったのだと確信できた。


「このエオリオンは、首都の改名の元になったディアンの専用機『ポレオン』にゼムナの技術の全てを注ぎ込んで開発された発展型アームドスキン。わたくしにとって最高の鎧になるはず」

 ジュスティーヌが腕を組んでくる。

「あなたという最高のパートナーに最高の鎧まで纏えば、リシェールとマイヤに勝るとも劣らない新たな伝説を生み出せると思うの。力を貸してちょうだい」

「喜んで、姉上」


 ライナックが歴史の中で身に帯びてきた傲慢さが彼女にはない。好ましいと思う感情が上官への尊敬に変わるのになんの障害もないのだ。

 好戦的な部分がちょっと気に掛かるのは否めない。しかし剣王を見ていると、彼が主張するようにそれが伝説の血を引く者ライナックの本質であるように思えてきた。


「二人で未来を掴み取りましょう。わたくしたち、新しい世代がライナックをもう一段高い次元へと導くのよ」

「お手伝いさせてください。姉上が目指す未来を私も見てみたいです」

「しっかりとついてくるのよ」


 悪戯げなウインクにプリシラは微笑みを返した。

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