裏切りの報酬(7)
「なかなかの名演だったじゃない」
前後を固めるボディガードに聞こえないくらいの囁きがリューンの耳に忍び入ってくる。エルシのダークブロンドに縁取られた端正な顔立ちが笑い崩れる寸前といった
「うっせえよ。期待すんなって言っただろ」
「ちゃんと自分の言葉で伝えたから疑われなかったでしょう?」
結果としてローベルトは戦闘を容認した。魔王が作り出し、彼が盛った毒は権力欲に駆られた男の全身に回ったらしい。
「あー、よかった。今回は私のフォローも要らなかったね?」
「自分も口出しの必要がなかった。お前も成長したものだ」
フィーナやガラントも清々とした顔。
「こういうのを成長したっていうのかよ」
「総帥としては必要って事よ、リューン」
「旦那が歪んでいくのを喜ぶなよ」
笑いを堪える妻の金髪を思い切り掻き混ぜる。
エントランス近くまでやってくると文官の列ができている。貴賓室では箔をつける為に士官を集めていたようで、居並ぶ列に議員バッチを着けている者はいなかった。
「少しいいですか、剣王?」
意を決したように議員らしい一人の女性が横に並んでくる。
「エデルトルート・ヘルツフェルトといいます。首相の提案した和解案に同意なされたのでしょうか?」
「いーや、俺は喧嘩をしに降りてきたんだ。奴も乗ったぞ。革命戦線の戦力も戦列に加えろとさ」
何もせずに成果だけを得ようとすれば反感に繋がると主張して、革命戦線の同志も投入すると言ってきた。リューンにしてみれば居ても居なくても同じだが、勝手にするよう告げている。
しかし、エデルトルートはそれを聞いて苦悩に顔を歪める。本意ではないらしい。
「お願いです。首都近郊での戦闘は避けてください」
「当たり前の事言うなよ」
露骨に安堵している。
「ポレオンには未だ逃げるに逃げられなかった市民が大勢残っています。彼らを戦災が襲うのは避けたかったので」
「革命の志とやらを貫くには多少の犠牲には目を瞑るんじゃなかったのかよ。ローベルトの野郎はそう抜かしたぞ」
「とんでもない。国民を救えずして、どうして国が救えましょう」
その台詞を聞き、リューンは改めて相手を見る。
議員という事は若くとも二十代後半あたりか。
つまりは美人である。エルシほどではないにせよ、市民には相当の人気があるのではないかと推察できる。
(おっと、こいつは使えるか? ジェイルが言っていた人材ってのにピッタリかもしれねえな)
相手の顔をじっと見つめる。
「力任せに変えるのは違うってか?」
「はい。傍流家の傍若無人な振る舞いが許せなくて革命戦線の思想に同調しました。目的を達したのに、これ以上血を流す必要があるのかと思い悩んでいます。ましてや市民に犠牲が出るのは納得できません」
彼の視線に怯えて震えている。かなり無理をしているようだ。
(それなりに根性もありそうだな)
リューンは片方の口の端を上げる。
「エデルトルートたぁ長ったらしい名前だな、面倒臭ぇ。エデル、家族は?」
「両親はバーシーに逃がしました。恥ずかしながら結婚はまだ……」
「よし、決めた。俺の女になれ」
仰天して絶句したエデルトルートはその場に立ち尽くしていた。
◇ ◇ ◇
ブエルドが首を振ると宗主リロイは苛立たしげに舌打ちした。保険的な意味合いの提案だったが完全に不首尾に終わる。
「相も変わらず頼りにならんところだ」
宗主のこめかみには青筋が浮いていた。
「大戦時もゴート本星の庇護を裏切って反旗を翻した。解放後の体制の一角を担うようなっても結局は裏切るのか、ガルドワは。人類圏の秩序を何と心得る」
「仕方ありませんな。元より企業国家。営利を感じなければ動かないと思っておりました。アルミナの政治姿勢が変化しつつある今、我らは自力でこの難局を乗り越えなくてはならないという事です」
三巨頭の一角を為していたアルミナが消え、最も頼りになるであろう協定者を有するガルドワはゼムナからの援軍要請に首を縦に振らなかった。それでもブエルドは胸を撫で下ろしている。協定者同士の戦闘などどれだけの余波が及ぶか想定できない。最悪、現体制など消し飛んでしまうかもしれないのだ。
「何をそんなに怖れていらっしゃるの、お爺様?」
笑みさえ含んだ声音が室内を流れる。
「わたくしが剣王も魔王も平らげて差し上げると言っているではありませんか」
「怖れているのではない。これ以上の混乱は我が意に反すると言っておるのだ、孫娘よ。特にお前は事態を楽しんでいるではないか」
「ええ、とても楽しくなってきたわ」
同室しているのは言わずもがなジュスティーヌである。自己判断で降下してきた彼女は、やってくるなり首都包囲戦に加えるよう訴えてきた。
「楽しまなくては損よ。退屈なんて人間を劣化させるだけ。リューン・バレルもケイオスランデルもわたくしの人生における最高のスパイスだわ」
若い娘が強敵を前に歌うように宣う。
「勝手を許したのだから、それに見合う働きを期待するぞ」
「もちろんですわ、おじ様。ライナックの神髄をご覧にいれてみせます」
「どうにも不安でいかん。頼むからポレオンを焼いてくれるなよ」
ジュスティーヌは「心外ですわ」と頬を膨らませている。
悲しいかな、ブエルドにも彼女の他に頼る当てがないのが事実だった。
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