裏切りの報酬(6)
「あんた、俺が何しに降りてきたと思ってる?」
平行線に業を煮やしたリューンは訊いてみる。
「約束を履行しに降りてきたのではないのかね?」
「約束? 何の事だ?」
「貴殿は我々に技術供与を約束したではないか」
全く記憶にない。
「忘れたでは困るな。協力の申し入れを受け入れてくれた筈だが」
「あー、あんまりうるさいんで手ぇ貸すとは言ったぜ。それがどこで技術供与とやらに変わった?」
「協力とは力を貸し合うという事だろう? 兵器を融通し合うべきだし、ひいては技術の共有も含まれる。同等の立場で手を結ぶのが、志を同じくする者同士では当然ではないか」
(なんつー理屈だよ。そりゃ、仲良くしてやっからお前の持ってるもん全部寄越せって言ってるようなもんじゃん)
どこまでも自分の都合がいいように解釈する
「馬鹿言うんじゃねえよ」
溜息を一つ交えてから反論する。
「兵器はもちろん、技術だって俺たちにとっちゃ売りもんだぜ? それを口先の約束一つだけの信用できるかどうか分からない相手に渡せるとでも思ったのかよ」
「それが協力の形だと言っている。どうして理解できない」
「理解できて堪るか。じゃあよ、俺が協力の証にあんたの持ってる首相の席を寄越せっつったらくれんのか?」
無理難題だと暗示する。
「それは難しい。だが、議席の幾つかくらいは都合しよう」
「そういう事言ってんじゃねえって」
話しているだけで疲れてしまう。どこを掘っても相通じる部分が出てこない。まるで別の世界で生まれ育った人間を相手しているようだ。実際、見えている現実が違うのかもしれない。
(ダメだー。こりゃダメだー。どうあってもやるしかねえのかよー。まさか魔王の野郎、解ってて送り出したんじゃねえだろうなー)
リューンは疑心暗鬼に駆られてしまう。
「十分に誠意は見せたつもりだが理解してもらえないらしいな」
ローベルトが難しい顔で言ってくる。それも演技かもしれないが。
「これでは目的も達せないだろう、エルシ殿」
「何のことかしら?」
「現人類を高度な文明社会に導く目的だ。それが、あなた方が受けた遺志のはず。ならば高い志を持ち、人道的観念を兼ね備えた私に直接技術を伝授していただきたい。必ずや有効に活用される事だろう」
とんでもない主張を織り交ぜてくる。
「勘違いしないでくださるかしら。私たちは人類の進化を求めているのではなくてよ。進化の度合いに応じた技術を小出しにしているだけ。相手次第で全部を開示する気なんて毛頭ないの」
「それでは何の為に協定者などという存在を選ぶのだろうか?」
「極論すれば窓口は誰でもいい。だから、それぞれに興味を持てる好みの相手を選んでいるだけなの。誤解なさらないでくださる?」
暗に眼中にないと宣言される。
僅かに眉が跳ね、鼻息も荒くなる。エルシの論調はローベルトのプライドをいたく傷付けたようだった。
「まあ落ち着け。しゃーねえからとびっきりの情報をくれてやる」
リューンは前のめりに膝を進める。
「ジュスティーヌが地上軍本部にいる。一戦交えなきゃ退かない構えだ」
「本当かね?」
「
ローベルトは視線を彷徨わせている。
「押しに弱いとみるな」
「だろ? 体裁を整えなきゃ本当のところを口にもできねえんだよ。そいつが国際社会ってやつなんだ」
「確かにそういう一面もあるだろう」
納得した振りをしているが理解してはいないだろう。彼とてこれまでライナックの支配体制下で便宜上議席を温めてきた議員の一人。国際情勢に造詣が深い訳もなく、支配者の不興を買わないように生きてきた筈だ。
(心が動いてんな。まったく、魔王の言う通りの反応をしやがる)
この誘いがジェイルの助言なのだ。女帝の情報を含めたのはアドリブであり、その辺りはエルシの提案である。
「そこでだ、ここは一つ、ほどよく負けてやんなきゃならねえ。そうしないと奴らから本音を引き出せねえからな」
リューンは強調するように指を一本立ててから突き付ける。
「そうすっと協議の席を持つ提案もできるって寸法だ」
「ふむ。しかし、君は本家の排除も考えているのではないのかね? 以前は強硬に主張してきたと記憶しているが」
「勘違いすんなって。全員ぶっ殺さなきゃ気が済まねえとは言ってねえだろ。俺だってポレオンを戦場にしたいなんて思ってねえ。落としどころってやつを考えてる」
一転して背もたれにどっしりと体重をかけると、肘を掛けて頭の横を人差し指でつつく。考えているというジェスチャーだ。
「俺としちゃあリロイとの会談の場を持ってもいいと思ってる。ここまでライナック体制を追い込んだ実績を盾に、政界からの勇退を引き出せればベストだ」
表舞台から去るのならそれで納得すると暗示する。
「本家をゼムナの中心から引き剥がし、解放の英雄の名を国の象徴でしかない所に置ければ構わねえ」
「ほう」
「俺は政治なんぞに興味はねえ。そん時、仲介の労を取ってくれた奴にはどんな椅子が準備されると思う? 想像してみろよ」
すました面持ちを保っているが瞳は僅かに揺れ動いている。そのままならライナックの操り人形。ところがリューンの提案を飲めば真の至高の椅子が手に入るかもしれないと持ち掛ける。
思考に没頭しているのだろう。時折りエルシが彼に囁いているのに気付いてもいない。
「う、むう……」
「悪ぃ話じゃねえと思うんだが無理だってんのなら仕方ねえ。他に……」
「待ちたまえ」
今度はローベルトのほうから膝を進めてくる。
リューンは心の中では(とことんちっせえ奴)と呆れた。
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