ポレオンの悲憤(11)
本家の人間が使う、標準より大型のクラフターは強固な防御磁場を備えている。それでも何が起こるか分からないと判断したらしい護衛隊機は、現れた大型アームドスキンの側に移動しジェットシールドを展開した。
遠距離の砲撃は彼らが全て防ぐが、追い掛けるように襲ってきた大口径ビームが何機もの護衛機をその図太い光束に飲み込んでしまう。爆散の衝撃と至近を通り過ぎたビームの衝撃波がクラフターを大きく揺らした。
「ケイオスランデル!」
ブエルドは襲撃者を睨み付ける。
(どうして奴がここにいる? ローベルトとはもの別れに終わった筈だ。支援しているとは思えない)
そんな動きの報告も受けていない。
(この機を狙ってきたというにはタイミングが良すぎる。ハシュムタット革命戦線の内幕を知ってでもいなければ……。まさか?)
「市民を前に逃げ出すとは正義が笑わせる」
変調された声が機内の空気を残響で震わせる。
「何をしている?」
「すみません! 回線に強力な割り込みを受けています! 防げません!」
リロイの問い掛けに担当兵士が悲鳴を上げる。
「我が軍の専用回線にか?」
「はい、暗号化まですり抜けている模様!」
「そこまでか」
ブエルドの質問には明解な答えが返ってきた。
(これは電子戦だったのか)
彼はようやく気付いた。
「これは貴様が仕組んだんだな?」
聞こえているのを前提に話しかける。
「異なことをいう。仕組んだのはお前だろう、ブエルド・ライナック」
「く……」
「どういう事だ?」
宗主はまだ飲み込めていない。
「この事態を引き起こしたのは此奴なのですよ。どうやったかまでは存じませんが、この魔王めは革命戦線の叛徒に渡すべき傍流家の位置情報の中に本家のものまで紛れ込ませて襲わせたのです」
「何だと?」
「つまりは
そうとしか思えない。
(どうやって見抜いた? いきなり接触してきたのは疑っていたからなのか? だとすれば迂闊に過ぎる。ローベルトめはどこまで口を滑らせたというのだ。役立たずめが)
ブエルドの奥歯が軋む。
「では、儂はここに引き出されたのではないか」
「そうなのではありますが……」
(それなら問答無用で撃てばいい。奴はなぜ手をこまねいている?)
全速離脱と護衛のアームドスキンに盾になるよう命じながらブエルドは迷う。
「醜態を演じるがいい。お前たちの命ひとつなど、ここで奪ったところで意味を感じん。我が紡ぐはライナックの滅び。その名ごと滅ぼしてやろう」
魔王が真意を語る。
「我らの権威を貶めるが為に策を弄したというのか?」
「どの口が言う。その権威を保つが為に市民に血を流させる輩が。私をテロリストと嘲るのは勝手だが、やっている事に大差ないのではないか?」
「貴様に政略など理解はできまい」
苦しい言い訳だとは思いながら口にする。
「不要だな。私は滅ぼすのみ」
「覚えていろ。必ず化けの皮を剥がしてやる。恨みを募らせただけのただの人間が」
「楽しみにしておこう」
台詞には余裕の嘲笑が含まれている。
(今は取り返せない。が、機はいくらでも存在すると覚えておくがいい)
「では、今回はその命、預けておく」
「ぐうぅ、おのれ、ケイオスランデルぅ!」
額に青筋を浮かべて吠えるリロイの横で、ブエルドは次なる策略に思いを馳せていた。
◇ ◇ ◇
略奪・暴行を禁じ、取り締まりを命じたローベルト・マスタフォフは私室に留まっていた。グローバルネットにざっと目を通し反応を窺う。お世辞にも思わしくない状況に、次善の策を練ろうと目を閉じる。
しかし、何も思い浮かばず不安ばかりが募っていく。落ち着かなくなった彼は立ち上がって作戦管制室へと足を向けた。
「マスタフォフ様!」
苦悩を絵に描いたような面持ちだったジャネスがパッと顔を輝かせる。
「あなた様も人がお悪い」
「何かあったか?」
「何をおっしゃいますか。本流家の方々の位置情報も本作戦に投入されたのでしょう? 傍流家の者の位置情報コードをお持ちになっていたのはあなた様なのですから」
(あれはブエルド様から預かったものだ。出処までは明らかにできはしないが)
携帯端末から発せられる本流家の方の位置情報コードなどローベルトでは手が届かない。最高機密情報であろう。
「ようやく思い切られたのですね?」
訳が分からず黙っていると彼女は言い募ってくる。
「わたくし、嬉しい限りでございますわ」
「ええ、喜ばしい事です。本流家も首都を脱出しました。マスタフォフ殿は暫定的ではありますが、首長としてポレオンに凱旋なさるのでしょう。もうじき占拠も完了。戦闘服では何ですので、議員としていつも通りのスーツにお着換えくださいね?」
ローベルトはかろうじて疑問符を飲み込んだ。
ジャネスの言葉を継いだのはエデルトルート・ヘルツフェルト。彼と同じく決起した議員の一人。快活な彼女は早口でまくし立てている。
(何をしている? 本流家の方まで排除してどうするというのだ。それでは私がブエルド閣下に叱責を受けてしまうではないか!)
とは思うが、そんな事は口が裂けても言えない。
「うむ。今のところは計画通り」
平然を装う。
「私は着替えに戻る。ポレオンに戻る準備を頼む」
「はい、どうかお任せを」
女性士官の声も明るい。
(いったい何がどうなっている? 方々が不在でどうやって和解へとこぎつけるというのだ? これはうまくないぞ)
女性二人の期待の視線を背に受けつつローベルトは焦燥を隠して管制室をあとにした。
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