ポレオンの悲憤(12)

 市警機動課の課員やアームドスキンがイヴォンたち避難者に乗船を促してくる。


 市街地からは爆発音や衝撃音が散発的に聞こえてきて混乱具合が窺える。道路を使用した脱出路は機動二課が警護し、ポートからの脱出組は機動三課が担当しているらしい。

 強行犯担当の機動一課の警察機七十余りは無辜の市民を襲っている革命戦線の暴徒を攻撃している。しかし、五百近いアームドスキンがポレオンに入ってきたのを考えれば、脱出支援の一時しのぎにしかならない。


 ポートの上空を、別のポートから飛び立ったらしい船団が警察機を伴って通過する。それを革命戦線のアームドスキンが追跡。第三市警機動三課のアームドスキンが援護に飛び立つ。


「ここにも獲物がいるじゃん」

 テロリストたちが外部スピーカーで話している。

「逃げんじゃねえよ。金目のもんは置いてけ!」

「あと、女もな。ひゃーはっはっは!」

「させないっすよ」

 警察機のバルカンが光を吐き出した。


 イヴォンは友人の背を押してタラップをのぼる。ハッチを閉める前に振り向くと、赤いアームドスキンは大型銃器を持ち上げ無造作に放った。

 降下してきていた一機の胸の中央に直撃し、後方へ多量の火の粉と部品をばら撒く。そのまま糸が切れた人形のように落ちた機体は路面に転がった。


「おい! 誰だよ! いきなりビームカノンなんてぶっ放す奴は!」

「警察機じゃないだろ。誰かの警備機か何かか?」

「どっちにせよ、いかれてやがる!」

 そこへ鮮やかな赤が舞い上がった。

「げぇ! 地獄エイグニル!」

「なんでそんなんがいる?」

「知らないわよ! でも、あの三本爪」

 彼らはエイグニル機を怖れているようだ。

戦気眼せんきがんの貴公子まで打ち破った連中なんか相手できるか!」

「うげ! しかも赤だぜ。あれってくれないの堕天使じゃんかよ!」


(紅の堕天使。さっきもそんなふうに呼ばれてたな)

 暴徒を押し戻している背中を眺めながらイヴォンは思い出す。


「紅の堕天使?」

 イザドラも引っ掛かったようだ。

「うん、彼女はそう呼ばれてるみたい」

「彼女? なの?」

「うん、仕草が女性だった……」

 その時、イヴォンの中で何もかもが繋がる。


(『紅の』? そんな異名を付けられた娘がいる! 『紅の歌姫』って呼ばれたあの娘が! それなら、このポートにうちのクラフターが停泊しているのだって知ってる! 何より、脱出を急がせてきたのは……)

 彼女であれば、このクラフターに乗った事もある。

(そう、本当に彼女なら絶対に私を助けてくれる。どんな状況であれ)

 思い出の中で、色んな表情を映す赤い瞳がイヴォンの心を掴む。


「まさか……、ニーチェ?」

 視線の先、窓外の赤い機体は肩の武器で侵入機を撃退している。

「あなたなの?」

「え、ニーチェ?」

「説明して、イヴォン」

 いくつかの符号を尋ねてきたイザドラに伝えた。

「待って! 調べる!」

「分かるの?」

「あれがどういうパイロットなのかくらいはね」

 携帯端末を素早く操作しながらイザドラは言う。


 どんな事でもマニアというものは存在し、反政府組織に興味を抱く人間もいる。有名どころの血の誓いブラッドバウはもちろん、他の組織に関しても相応のデータベースはあるらしいのだ。


「これね。地獄エイグニルの項目に幾つか名前が挙がってる。『紅の堕天使』、トップエース級パイロット。活動が確認されてからまだ半年強ってとこだわ」

 彼女は読み上げる。

「歴戦のパイロットって訳じゃなくって急に現れたみたい。戦い方の癖から、それ以前の戦歴が確認できないって書かれているわ」

「じゃあ、本当にぃ?」

「ええ、ヘレナ。ニーチェかもしれない」


 ジェイルの仇討ちを口にして去った友人は、流転の果てに再びイヴォンの前に現れたのだろうか? ひと言も発しないのはそれを証明しているかのように思えてきた。


(今の自分を恥じてるの? ううん、違う。私たちに迷惑をかけない為だよね。テロ組織の一員が知り合いだって分かっちゃったら、警察や政府に追及されるかもしれないから)

 自然と涙が溢れ始める。

(嬉しい。でも、話したかった。顔を見せてほしかった。冷たいって思ってごめんね。ただの我儘だけど触れ合いたかった)

 飛び立ったクラフターの窓に押し付けた手が震える。


 何機もの相手を戦闘不能にして撃退した赤いアームドスキンが窓外に横並びに飛び始めた。イヴォンの泣き顔を見つけたのか、その身体が動揺したように揺れる。


「ねえ! ニーチェなの? 返事をして!」

 イザドラも号泣しながら同じ窓に張り付いている。

「だから助けてくれたんだよねぇ!」

「ありがとう、ニーチェ! ありがとう……」

 それ以上、言葉にならない。


 軽く握った手が彼女に向けて伸ばされた。その小指だけが立っている。そして、小さく四度だけ揺らめいた。


『や・く・そ・く』


「憶えてる! きっとあなたのところまで歌声を響かせてみせるから! だからニーチェも!」

 イヴォンも小指を差し出すと、それを見たアームドスキンは一度だけ頷いた。


 エアクラフターがポレオンの外まで出ると、彼女は手を伸ばしたままで離れていく。行ってしまうのだろう。

 舞うように飛び去る先には漆黒の巨大な機体が飛んでいた。その機に近付いた彼女は自然に腕を取って寄り添う。その姿は、ニーチェがジェイルに駆け寄って腕を取る姿に重なって見えた。


(ああ、見つけたんだ、あの人を)

 胸に温かな思いが灯る。

(意外性の塊みたいな娘だもん。大切な人を普通に探し当てたりしちゃうかもね。それこそ地獄エイグニルから引っ張り上げてでも)

 涙は止まらないのに何だか楽しくなってくる。


 イヴォンは雲間へと消えゆく二機を涙に煙る瞳で見送った。

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