邂逅の戦場(6)

 地獄エイグニル旗艦ロドシークの格納庫ハンガーにやってきたニーチェは立ち働く顔見知りに声を掛ける。彼に呼ばれてやってきたのだ。


「フォイド、何……、って、あれ?」

 強い違和感の元を見上げる。

「ラウンダーテール、取り換えた?」

「そうなんだ。君もルージベルニに慣れてきた頃だろう? 機体艤装を本来の物に据え変えてもいいんじゃないかってドゥカル様がさ」

「えー! じゃ、今までのは?」

 本来の物ではないという事になる。

「繋ぎだって。操作感になれるまでのパワーを抑えた物にしてたんだとさ」

「あたし、加減されてたし」

「分からない事もないだろう? 本体が軽いからそこそこ高い機動性を発揮してたけど、推力だけならクラウゼンより低かったんだよ。専用機でそれってのは僕も不満だったんだけど」


 クナリヤ号を経てロドシークに転属になった整備士のフォイド・ナッチマーにも矜持があったらしい。ニーチェの専用機ルージベルニの専属として、量産機に劣るのは面白くなかったと言いたいのだろう。


「前より結構大きい?」

「スリット噴射のショートストローク加速器だね。前のは主流の直管型加速器だったけど、これはケイオスランデルと同じ三連装になってるから全体は大型になった感じかな」


 ノズルを覆うように流線型の椀状のガードがある。可動式で縦三連装になっているらしい。今は重なり合って閉じていた。


「駆動テストよろしく」

「了解だし」


 ニーチェは緩衝アームでハッチ前に飛び出ているパイロットシートに座ると、起動後にσシグマ・ルーンを接続する。ペダルに足を掛けず、駆動イメージだけを送り込んだ。


「グッと前に飛び出す感じ。フィンを開いて」

「おー、翼みたい」


 立ち上がって後ろを仰ぎ見ると、鱗のように重なった三段のガードが展開する。その様は翼を広げたかのようだった。鮮やかな赤い翼だ。


「二つ名通り、更に堕天使っぽくなってきたね」

「与えるのは福音じゃなくて破壊と死だけどね」

 ニーチェは自嘲気味に言う。


 穿った思いで見れば血塗られた翼にも思える。しかし、そこには洗練された美があった。機能美というのだろうか。フォイドも「格好良い」を連発している。整備士メカニックには少年の心を残しているタイプが多い。彼もそちらに分類されるとニーチェは思った。


『それよりボールフランカーのほうをしっかりチェックしておいてくれんかの?』

 老爺のアバターが現れて注文を付ける。

「あ、ほんとだ。変わってるし」

『ひどいのぅ。そちらのほうが肝じゃというのに』

「ごめんごめん、お爺ちゃん」


 だが、威厳を保つ暇はない。床を蹴ったルーゴの襲撃を受けており、ひらりひらりと身をひるがえさせる。なぜかこの子猫はドゥカルにしか反応しない。娘のアバター、ルーディとは仲良く遊ぶのに。


「砲門が増えてる?」

 鋏状の構造が三つに増設されている。

『照準への回転が少なくて済むから発射までのタイムラグが削減されておるぞ』

「回転させれば速射性も上がるんじゃないかな? カノンインターバル0.5秒だから秒間六発。ビームバルカン並みだね」

『そうじゃの』

 フォイドの指摘にドゥカルは何度も頷いている。


(二人して子供みたいだし)

 ニーチェは面白そうに眺めている。


 弾体ロッドのガイドエンドが三つの鋏の中央から飛び出ている。フォイドが言うような使い方をすれば相当消耗が激しいだろう事が予想されるので、換装は頻繁になるかもしれない。ニーチェはパイロットとして現実的に考えている。


『ともあれ、お嬢ちゃんはボールフランカーの機能を十全に引き出しておらん。使いこなせば比類なき力を手にできるじゃろう』

「怖いからやめて。アームドスキンの力に飲まれたら、あの英雄気取りの連中と同類になっちゃいそうだし」

『お前さんの望みには必要な力だと思っておけば飲まれはせん筈じゃ』


 ニーチェの思考信号によって細かく回転を繰り返したり、高速回転したりするボールフランカーの様子を見る。フォイドは手放しで興味をそそられているようだが、彼女はこのルージベルニが内包する巨大な能力の片鱗がフィードバックされてきておののく。


(発進しちゃえば感情のままに走ってしまって忘れちゃうから困るし)


 ニーチェは感情が先行してしまうのをあまり良い事だとは思えないでいた。それはジェイルの戦い方を追いかけたいという思いからきたものだろう。ただ、感情は彼女にとって力の源泉なのも確かなのだ。


「協力ありがとう」

 フォイドは単純に強化を喜んでいるようだ。

「気に掛かる点は無いかな? 出撃までに調整しておくよ」

「大丈夫そうだし。こっちこそルージベルニの事、本気で見てくれてありがとう」

「気にしなくていいよ。僕は本当に楽しくて仕方ないんだから。でも、君の仕事はこれからだ。もう少し時間があるから休んでおいて」


 現在、艦隊は移送中の小惑星に張り付くようにして航行している。宙軍基地まではあと数時間。今度はニーチェが頑張らねばならない時間がやってくるのだ。


「うん。フォイドも休んどいて。結構大きな戦闘になりそうだし」

「ああ、君たちがいつ帰ってきてもすぐに対応できるよう体調を整えておくよ。だから思う存分戦って、そして戻ってくるんだよ?」

「ありがと。頼りにしてる」


 ニーチェはルーゴを抱き上げると、彼にウインクを送った。

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