邂逅の戦場(5)

 ここは第二打撃艦隊の発進を見送ったゼムナ宙軍基地。


 壊滅状態の第一打撃艦隊が帰投したものの、それは戦力に数えられる代物ではない。兵員は一度地上へと帰還し、機材も短期の保修で運用できるものは第二に統合されてしまっている。


 実質的な戦力は第三打撃艦隊のみで、それも一部を第二に転属させて九十隻余りに減っている。常に二個分の打撃艦隊が常駐していた事を思えば閑散としたものだ。


「寂しくなってしまいましたね?」

「このくらいでちょうどいいじゃない。うるさい連中が出払ってのびのびできるわ」


 中央管制室で自分から彼女に話し掛けてくるなど稀有な存在だ。お高く留まっているつもりは欠片もなく、気軽に会話を楽しむのを許しているが、なかなか自分からという人間は少ない。

 それもその筈、彼女はジュスティーヌ・ライナック。本流家でも直系の血筋の持ち主だからだ。しかも強い戦気眼せんきがんを発現させていて将来を嘱望されている。

 三杖宙士で、五十隻クラスであれば艦隊司令を務められる。六つも階級が下の、ただの観測士ウォッチでしかないレミージョ・ニリアン三銀宙士にとっては雲上人である筈なのに彼は臆しもしない。それが心地良い。


「そんなふうに感じてるのは女帝エンプレスと呼ばれるジュスティーヌ様くらいですよ」

 能力や戦場での振る舞いから彼女は『女帝』と呼ばれている。それを表立って言ってくるのもレミージョくらいのもの。

「だってスッキリしたんだもの。第二に転属させたのは、数合わせでお爺様が押し付けてきた連中ばかり。わたくしが取り上げてパイロットに仕立て上げた優秀な子たちとは雲泥の差があってよ」

「それは彼らだって喜んでいるでしょうね。あなた様に役立たずと言わんばかりの白い目で見られないで済むようになったんですから」

「言ってくれるじゃないの。使える子にはすごく優しいでしょ? あなたがそんな口を利いたって許してあげてるんだから」

 彼は曖昧な笑いを浮かべて肩を竦めてみせる。

「褒められたって喜ぶところなんですかね?」

「ありがたく思いなさい」

「はいはい」


 これで実質、第三打撃艦隊はジュスティーヌの独断となった。当然、艦隊司令も配置されているが傍流家出身でもない彼は名目上の存在に過ぎない。


「姉上が寛容なところは十分に理解いたしましたので、せめて基地司令の席ぐらい返して差し上げては?」

 背後から鈴を鳴らすような声が響く。

「あら、心外ね、プリシー。譲ってくださったから掛けたのだけど」

「どけろって目をしていらっしゃいましたよ?」

「いいじゃない。実際に戦場に赴く部隊に気遣いができる人だからこそ基地司令でいられるんだもの」


 一応はライナックの姓を持つ基地司令は離れた席で縮こまっている。傍流の彼こそ女帝に逆らうなど許されない。

 こうしてお小言じみた諫言をできるのは分家筋の副官だからである。半年前にジュスティーヌの副官を任命された頃から頭脳明晰で冷静な女性だと噂されている。しかし、子供の頃から知っている彼女からすれば、プリシラは情に脆く正義漢の強い親戚の一人。


「あなた様に遠慮を求めたのが間違いでした」

「ひどいわ。わたくしのような淑女を捕まえて」

「地上本部で聞こえてきた陰口は一向に堪えていらっしゃらないようで幸いです」

 棘のある会話を楽しんでいる。


 だが、そんな呑気な雰囲気も長続きはしない。観測班のほうから緊張した空気が流れ込んできた。


「本当か? 検算したんだな?」

「手動でもやってみた。結果は同じだ」

「データ、回せ。こっちでも分析してみる」

 レミージョの顔に緊張が走っている。

「間違いない……か。どういう事だ?」

「何かあったとしか思えない」

「遡って周辺データの解析もしてみよう。報告はそれからだ」

 指が素早く走り始める。


 男の顔をしている彼も悪くない。が、気付いた以上放置しておく訳にもいかないだろう。


「レミージョ、報告なさい」

 ジュスティーヌは促す。

「お待ちください。原因の解析中です」

「構わないわ。状況だけ教えてくれない?」

「すみません。では、ご報告申し上げます」


 観測士ウォッチの報告によると資源活用に移送中の小惑星の軌道要素に誤差が生じているらしい。ゼムナ環礁で選別した鉱物資源を多く含む小惑星に推進装置を取り付けて無人で移送していたのだが、その軌道がずれているようなのだ。


「計算ミス?」

 質量や重心位置の算定ミスなどそう珍しい事ではない。

「いえ、定期的にレーダーのビーム照射による測定で監視していました。前回までは問題なかったのですが、今回急に誤差が検出されたんです」

「どの程度の誤差?」

「このままでは当基地に激突する軌道になりました」


 中央管制室内の空気が凍る。もしかしたらジュスティーヌが激昂するのではないかと思われたようだ。


「原因調査と並行して軌道修正指令信号を発信します。耳汚しをお詫びします」

「そのままになさい」

「は?」

 さすがのレミージョも耳を疑ったようだ。

「確かに距離はありますので急ぐ必要はありませんけど、早めに修正しておいたほうが……」

「修正の必要は無いと言ったわ」


(掛かった)

 ジュスティーヌは満面の笑みで応じる。


「疑似餌に魚が食い付いたの。獲物の姿が見えるまでそのまま食い付かせておきなさい。その為に移送計画を早めたんだから」

「女帝、それは……」

「楽しみね。掛かったのは血の誓いブラッドバウかしら? 地獄エイグニルかしら? 大物だと嬉しいんだけど」

 観測士ウォッチも呆然としている。

「姉上、きちんと説明してあげてください」

「ああん。分かったから、そんなに怒らないで、プリシー」


 彼女は軌道変化が事故ではなく、基地攻撃の前兆だと説明した。

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