残照の戦士たち(7)

 クリスティンの補佐として働いているイムニ・ブランコートは考え込む上官の横を歩いている。以前は軍人らしく半歩下がるのが常となっていたが、現在は横につくのが習慣になっていた。


「宗主様はハシュムタット革命戦線に主だった反政府組織は糾合されると思っていらっしゃるようですね?」

 判断材料にすべくイムニは話し掛けた。

「そちらから剣王にも働き掛けるようですが上手くいくのでしょうか?」

「リューンはともかく、反政府組織は丸め込まれるだろう。ブエルド伯父が動いているのならね」

「権謀術数のブエルド閣下ですもんね」

 剣王を除く部分はおそらく思惑通りに進むだろう。

「仕組まれた流れが作り出されるだろうさ」

「クリスティン様はお好きではないでしょう?」

「結果だけを問えば好き嫌いは二の次にしてもいいと思うよ。我欲にばかりかまける傍流家を粛清できるのならね」

 あるじにも果断な一面は残っているようだ。


(一番の懸念事項を取り除けるのならば、それ以外には目を瞑るおつもりのようですね)

 合理主義とは違うだろう。クリスティンの正義を貴ぶ心が言わせている。


「その後の事も割と悪くない流れだと思う」

 上官は納得しているようだ。

「本流家の意思としてハシュムタット革命戦線に和解を申し入れるのでしたね? 傍流家の専横に心痛めていた宗主様が、彼らの罪を不問にする事で内紛を収める形に持っていく。留飲を下げた筈の反政府組織は、反省の意を示す本家に矛を収めるだろうと」

「そのうえで政治空白を埋める為に彼らの内から参画者を募ると宣言されるみたいだね。政治を市民の手に戻そうとする方向性を示す感じで」

「ハシュムタットに付いている許された現議員は宗主様の大器に感銘を受ける。本流家は最終的には新政権をコントロールする事で実を取る。結局は首を挿げ替えるだけな訳ですけど」

 それがブエルドの描くシナリオだ。


 結果として惑星上の反政府組織の中心人物は新政権の枠組みに吸収されて自然消滅する。統率力のある人間ならば登用するに値する。そして、政情不安が解消されれば、今は警戒している周辺諸国もゼムナとの国交を安定したものにしたいと考え始めるだろうとクリスティンは言う。


「リューンはきっとその程度で考えを改めないな。でも、血の誓いブラッドバウの協賛国は違う」

 主の予想にイムニも頷く。

血の誓いあそこが軍事技術輸出を手掛ける以上、急に軍資金不足になったりはしないでしょう。ただ、協賛国の声はゆっくりとではありましょうが確実に効いてくると思われます」

「彼が我を通すのが難しい情勢になるだろうね。大伯父上もよいお歳だ。戦局が一旦落ち着けばご勇退を考えるんじゃないかな。その頃合いなら私の意見も通ると思う。機を見てリューンに休戦を申し入れたい」

「良いお考えかと」

 実にクリスティンらしい。

「政情を監視させるのを条件に休戦に持ち込めれば、あとは時間を掛けて国政の清浄化を図る事もできよう」

「その時こそクリスティン様の真価が発揮されると信じております」

「その為には、やはり邪魔だな。地獄エイグニル


 惑星上での活動こそ認められないが、軍・官・民問わず攻撃対象とする組織。それが今や血の誓いブラッドバウに並ばんとする規模に育ちつつある。彼らの計画の阻害要因になるのは間違いないだろう。


「元から危険な組織。倒さねばならないな」

 少しづつ戦士の顔に戻ってきている。

「ブエルド閣下が主導で地上軍の部隊編成を行われるようです。おそらく配下の情報部精鋭部隊も投入されるかと思われます。戦力的には申し分ないかと」

「変わらず助けてくれるな、イムニ」

「はい。お供させていただきます」


(戦略戦術に長けた組織なのは間違いない。確かにここまで戦果も上げてきている。でも、彼らは本物のライナックを知らない)


 イムニはそう思っていた。


   ◇      ◇      ◇


 決裂してハシュムタットを離れた地獄エイグニル艦隊は、首都ポレオンと距離を取って移動している。命じられるままに旗艦ロドシークの艦橋ブリッジまで同行したマーニとドナは軽食を口にしていた。待機を解かれてケイオスランデルの腕にぶら下がったニーチェも一緒だ。


(何か問題あったかしら? 黙って護衛に徹したのが閣下の意に沿わなかった? 私に何かすべき役割があったのかも)

 ドナはどうして同行を命じられたのか分からない。


「ねえ、そろそろ種明かししてくださらない、ケイオスランデル」

 マーニがせっつく。

「待ちたまえ。確認する」

「確認?」

「通信士、ベネルドメランへ繋げよ」


 通信用2D投映パネルが立ち上がって、オレンジ髪の青年が大写しになる。皮肉げな笑いを口元に張り付けて司令官席で腕組みしてふんぞり返っていた。


「どうした、魔王?」

「第一打撃艦隊の様子はどうだ?」

「睨めっこに飽きたのか下がりやがったんだぜ。つまんねえだろ?」

 呑気に構えているのはその所為だという。

「やはりか」

「あん? 何だってんだ?」

「ハシュムタット革命戦線にはスパイが紛れ込んでいる。今後はコンタクトがあっても重要な情報は流さない事だ」

 リューンの片眉が跳ね上がった。

「それを調べに降りたのか?」

「そう言っているわ。素直に聞いておきなさいな。流すならむしろ欺瞞情報のほうがよくてよ」

「だがよ、そういうのが苦手なのはお前が一番知ってるだろ、エルシ?」

 画面に入ってきたダークブロンドの美女に説得されている。

「確かにね。そちら方面は彼に任せておくのが得策かしら?」

「なんか馬鹿にされてるみてえで納得いかねえがそうなんだろうぜ」

「私はもう少し調べてからゼムナを離れる。もし攻撃を仕掛けるならば……」


 ケイオスランデルはリューンに助言を与えておいた。

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