残照の戦士たち(6)

 入ってきた壮年は、リロイの若い頃を思わせるような金髪を綺麗に整えている。宗主への礼儀を表して軍礼服こそ纏っているが、堅苦しさを感じてか、あちこちと手で直して琥珀色の瞳を顰めていた。


「どうした? 久方ぶりにまともな格好をしていると見えるが、そんなに気に入らんか?」

 宗主自らが話し掛けると苦笑しつつ答える。

「もっぱらスーツか、もっと軽装が普通なのですよ。最近は軍礼装これが面倒に思えるようになってきました」

「それでは困るのだがな」

「軍に籍を置いたままなのは、大伯父上が退役させてくれないからです。そろそろ観念してくださったのかと出向いた次第ですけど違うみたいですね?」

 好き勝手を言っているが、彼にはそれが許される。

「今少し我慢比べをしようではないか、クリスティン」


(人とは変わるものだな)

 ブエルドはそう感じる。

(十年前の正義だ秩序だとうるさく言っていた頃はもうちょっと戦士の顔をしていたのにな。今ではもう実業家のように成り果ておって)

 彼ももう四十である。年齢なりの落ち着きといえなくもないが。


 彼の名はクリスティン・ライナック。軍籍上は一冠宙士の階級を持っている。その階級もここ十年は上がりも下がりもしていない。軍務に就いていないからだ。

 アルミナ紛争より以前は本家最強の戦気眼せんきがん保有者と讃えられていたが、今は宝の持ち腐れ。まったく活用されていないのが現状である。


「まだ遊び足りんか?」

「遊びなどとはおっしゃらないでいただきたい」

 いささか不満げな面持ちになる。

「戦災孤児の救済をやっておるのだろう? そんな事は役人に任せておけばいい」

「生活のケアは法制上で何とかなっていますが、心のケアはお金だけでは一様にとはいかないものです」

 彼なりに矜持を持って活動しているらしい。

「ライナックたるもの、慈善の心まで捨ててはなりません。率先して子供たちに働きかける事で政府への尊敬も集められている。大伯父上には遊んでいるように見えるかもしれませんが、私なりに軍部への不満を和らげる一助をしているつもりですよ」

「悟り切ったような顔をしおって。剣王に敗れてからは丸くなったものよのう」

「自分の限界を知ったのです。私ではリューンには勝てません。それならば何ができるかと考え抜いた結果が今なのです」


 クリスティンは現在、戦災孤児保護財団を立ち上げて身寄りを失った子供の育成に力を注いでいる。彼の言う通り、政情不安を緩和させる効果を発揮しているのは事実であろう。


(それも表向きだがな)

 本家も何もしていない訳ではない。

(クリスティンの所へ回すのは戦災孤児が中心。それも聞き取りでライナックへの恨みを感じさせる子供は弾いてある。さぞや居心地がいい事だろう)

 それも情報工作を得意とするブエルドが管理していた。


「それなのに、足元に火が点いたからといって軍務に復帰しろとはおっしゃりませんよね?」

「知っておるか」

「国内情勢から目を逸らしている訳ではありません。彼らは何と言ったかな、イムニ?」

 クリスティンは後ろに控える補佐に尋ねている。

「ハシュムタット革命戦線でございます、クリスティン様」

「大伯父上こそ足元をおろそかにしているから、こんな事態になってしまうのです」

「あれは構わん。ブエルドと図ったものだ」


 ブエルドはハシュムタット革命戦線の役割に関してクリスティンに説明する。さすがの彼も聞くほどに顔色が変わっていった。


「ご理解いただけましたか。リューン・バレルのあの烈火の如き闘志は侮れるものではありません」

 リロイを窺い見ている。

「うむ、足元に構っていられなくなったからな。対策した。それと同時に一つの決断もした。お前にとっては喜ばしい事だと思うが?」

「何でしょう?」

「傍流家の愚か者どもを切り捨てる。これ以上足を引っ張られては立ち行かなくなるだろう」

 クリスティンの顔が明るくなった。

「ご英断に感謝いたします、大伯父上」

「よろしかったですね、クリスティン様」

「積年の懸案がようやく解消される。こんなに嬉しい事はない。ですが、癒着は根深い。彼らも名を取り上げるのは簡単に納得しないのでは?」

 普通に考えれば難行。ただ、簡単に終わらせる方法もある。

「反抗分子どもの餌にする。説明してやれ、ブエルド」


 ハシュムタット革命戦線にはもう一つ役割があった。然るべき時になったら首都ポレオンを襲撃させるという作戦だ。その過程で傍流家の人間の居場所をリークしておき、反政府組織の鬱憤晴らしの対象にするつもりだった。そのうえで軍部を出動させて撃退する段取り。

 傍流家がポレオンから排除されたとなれば剣王は動きにくくなると説明する。彼の性格上、粛清対象が少なくなった民間人だけの場所を攻撃するのは避けるだろう。


「なんと無情な。あまり市民に被害が及ぶような方法はいただけません」

 クリスティンは不服そうだ

「その為に回りくどい真似をして制御できる組織を作り出したのだ。上手くやらせるから心配せずともよい」

「くれぐれもお願いいたしますよ」

「そこで、やってもらわねばならん事がある」

 リロイが本題を切り出した。

「この作戦に制御の利かない組織が関わるとお前が懸念するような事態が起こる可能性が高い。地獄エイグニルだ」

「あそこですか」

「今は本星に降りてきている。クリスティン、魔王を討て」


 リロイは最強の戦気眼持ちに地獄エイグニル討伐を命じた。

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