残照の戦士たち(3)

 地獄エイグニル艦隊の行動は全て知られていると考えるべきだろう。ターナミストでレーダー探知は防げても人工衛星網の光学監視からは逃れられない。

 だが、小規模戦闘は避けられるだろうとケイオスランデルは目している。彼らの戦力は分析されており、相応の対抗戦力を揃えなければ無駄に消耗するだけ。それを見越して彼は三十隻の艦隊をそのまま降下させたのである。


(コストパフォーマンスは決して良くありませんが、安全は幾分か担保されます)

 ジェイルにはそんな意図があった。


 他にも理由はある。接近しているのはハシュムタット革命戦線にも知られているであろう。余計な手間が省けるし、示威行動にもなる。


「呼んだ、ケイオスランデル?」

 総帥室を出たところでマーニ・フレニーがやってきた。

「これからマスタフォフ議員と会談する。同行してくれたまえ」

「私をご指名?」

「地上の情勢に通じている君が適任だと考えた」

 他の人間では相手の面通しさえ怪しい。

「それはそうね。喜んで」

「私も同行させてください」

「ドナもか。いいだろう」

 副官の申し出も許可する。

「じゃあ、あたしも行くし」

「君は言った通り、コクピット待機していなさい」

「えー」

 娘は膨れっ面になる。

「すぐにケイオスランデルを動かせない状況になる。頼れる者に艦隊の防備を任せたいのだが嫌か?」

「もー、しょうがないし。パパがそう言うなら大船に乗ったつもりで任せて。十分大きな戦艦ふねだけどね」

「良い子だ」


 ちょっと嬉しそうにするニーチェの黒髪を撫でる。それで納得した彼女は胸を叩いて格納庫ハンガーへと走っていった。


「連れていかなくていいの?」

 マーニが覗き込んできた。

「会わせたい相手とは思えん」

「まあ、そうかもね」

 彼女も演説を耳にしていたのだろう。

「それに、合わないタイプだ。娘のちょっとした挑発で面倒な事になりかねん」

「ニーチェみたいな感性タイプは理を説けば説くほどに盲点を突いてしまうかもね。相手もそれを嫌うタイプ。隙が無いのはあなたくらいなものでしょ」

「閣下は常に先回りしているので困ります。少しは遠慮してくれないと配下として働き甲斐がありません」

 ドナにまで文句を言われた。

「君たちは私を何だと思っているのか?」

「人外? もしかしたら本当に魔王が乗り移っているんじゃないかってね」


 美女が二人して口元を抑えて笑いを堪えていた。


   ◇      ◇      ◇


 ドナ機のサブシートに収まって衛星都市ハシュムタットの市庁舎に着くと誰何も無く通される。やはり彼らの接近は周知の事実なのだろう。


「一応、ようこそと言っておこうか、魔王ケイオスランデル」

 ローベルト・マスタフォフは椅子に掛けたままで彼らを迎えた。

「首都砲撃作戦と追撃部隊の撃退の礼を言わねばならんかね?」

「無用だ。利害の一致と成り行きに過ぎん」

「が、呼応して行動していたところを見れば血の誓いブラッドバウと繋がりがあるとしか思えないがね」

 探りを入れてくる。

「そう思ってもらって構わん。同じ相手を敵としている」

「ならば我々とも連合が必要かと出向いてきたか」

「話し合いの結果次第だ」


 無言の時が流れる。互いに相手を推し量っているのだ。重さを感じそうなほどに空気が淀んだように思える。


「話し合いを求めるのならば礼を見せなさい」

 ローベルトの横で控えていた女性士官が口を挟んできた。

「無粋な仮面を外して素顔をさらすのです。それが礼というものでしょう?」

「よくも言ったものね。握手も求めなければ立ち上がりもしない。掛ける椅子さえ出さないのであれば、そちらが礼をもって迎えているとは思えなくてよ。礼儀の何たるかを語る資格があって? どうせ格下と見下しているんでしょう」

「思い上がりも甚だしい。血の誓いブラッドバウと同格だとでも……」

 マーニの反撃に声を荒げて応じる女性士官を紳士が制する。

「やめたまえ、ジャネスくん。申し訳なかったね、試すような真似をして」


 ローベルトが指示をすると椅子が三脚整えられた。立ち上がって指し示し、すぐに掛けるように促してくる。

 彼は女性士官をジャネス・コペルと紹介した。三杖宙士だという。分艦隊司令クラスだ。同調してくれた腹心的存在と説明する。


「我らも連合する相手を選ばなくてはならないのだよ。組織力と装備を欲するだけで、志も無く鬱憤で破壊活動をするような組織では受け入れられない」

 彼は酌んでくれとばかりに平手を差し出す。

「理解はできる。私のギアは戦場に身を置き、悪を名乗る覚悟を示している。許せ」

「彼らも私たちと同じ覚悟を抱いて戦っている者たちだ。許してやれないかね?」

「先生がそう申されるのであれば」

 彼女は引き下がった。

「それで、君は剣王から何かことづかってきたのだろうか?」

「いや、独自に動いている。剣王から聞いていた故の様子見だ。連合の意思があるようであれば考慮する」

「行きがけの駄賃にしてはこの戦力は多過ぎないかね」

 呆れたように肩を竦めている。


(こちらの意図を探ろうとしていますね。読ませる訳にいきませんが)

 ジェイルは逆に読み取る構え。


「示威作戦は功を奏した。軍部は血の誓いブラッドバウだけに留意している訳にはいかなくなったであろう」

「戦力分断を企図しての事なのか」

「それだけではない。剣王は惑星軌道の第一打撃艦隊の撃破を目論んでいる。我らが離脱時には挟撃作戦になる予定だ」

 ローベルトは「ほう?」と漏らして瞠目する。


 ケイオスランデルは足を組みなおすと彼の顔色を窺った。

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