魔王と剣王(3)

「ってな訳でな、俺は新しき子ネオスってやつを結構知ってる。あんたの娘の目配りや素振りに独特の癖が出てんだよ。あの赤いアームドスキンの動きにもな。それで気付いた」

「なるほどな」


 ジェイルはニーチェ以外を知らないので独特の癖と言える部分までは分からない。ただ、目配りが違うくらいは察していた。それも普通は気付かないほどの僅かな違いに過ぎない。戦闘センスの結晶みたいな剣王だからこそ見破られたと思っていいだろう。


「あいつと同じ異能を持って生まれたんだ」

 そこで剣王は視線をニーチェに移す。

「本当はそっちの小娘が協定者なんだろう? だからここに連れてきた」


(そう思ってしまいましたか)

 が、ジェイルが間違いを指摘する前に、彼の後ろに居た美女が動いた。


「それは勘違いよ、リューン。間違いなく彼が協定者」

 ニーチェ絡みの考えは伝えていなかったのだろう。

「ちっ、ハズレかよ」

「ええ、それは穿ち過ぎよ。彼が気紛れなだけ。そうよね?」

『気紛れとは言われたものじゃのぅ』

 白髪白髭のドゥカルのアバターが現れる。


 壮年の男と護衛の顔に動揺が走る。事前に申し合わせてあったのだろうが、ゼムナの遺志の顕現となると平常心ではいられなかったらしい。


(やはり彼女がゼムナの意思でしたね)

 ジェイルもその美女の表情が読めずにいた。超常の存在だと目星をつけた理由だ。


『ようやくエルシのその姿を生で拝ませてもらったわい。眼福眼福』

 ドゥカルは髭をしごくモーションをする。

「相変わらず困った方ね、ドゥカル翁。あなたの所為でうちの子まで妙な気を回してしまったのよ。反省しても良いのではなくて?」

『そうは言うてものぅ。此奴も時代の潮流の被害者かもしれん。不憫に思うて肩入れしてもよかろう?』

「どうせ興味のほうが先に立ったんじゃないかしら」

 鋭い視線に「怖い怖い」とおどけてヘルメットギアの後ろに隠れる素振り。

「それに的外れといういう訳ではないのよ、リューン。本来協定者に選ばれるのは彼女のほうだったのだから」

「やっぱり小娘のほうが『時代の子』なのか?」

「そういうこと」


 ゼムナの遺志エルシの口から一同に「時代の子」に関する説明が為される。ガラントはそれとなく察していたらしいが、初耳のヴィスは次々と出てくる新事実に頭を掻きむしる。


「じゃあ、なんですかい、ケイオスランデル? あんたは知ってたからニーチェをここに連れてきたって事か」

 彼は頷き返す。

「然り。時代の子である娘をこの会談から外すわけにはいかない。関わりがあるのだからな。あまり吹聴したい事実でもない」

「ヴィスは口が軽そうだし」

「ちゃんと言ってくれりゃ黙っときますよ!」

 臍を曲げてしまいそうだ。

「信用していないのではない。君が必要だと判断した相手になら話してくれてもいい。ことの重要性を理解してもらいたかっただけだ」

「了解ですよ」


 向こうの副官とヴィスが視線を交わしあっている。互いの苦労をいたわり合ってでもいるのだろう。


「そんなら、まあいいか」

「何か気掛かりが有ったのかね?」

 椅子に深く座り直すリューンに訊く。

「いやな、身内が協定者なのをいい事に、誘導して利用してんじゃねえかとも考えたんだ。そん時ゃ距離置くべきだなって。自分が全部被るつもりでやってんなら構わねえ」

「邪推だ。が、理解はできる」

 彼も合点がいく。

「私もホワイトナイトには不安を感じる部分もある。もし、ガルドワに不利益な状況が生じた時、クイーンの要請で動いてしまうのではないかと思わないでもない」

「そりゃ、ねえ。ガルドワクイーンはホワイトナイトにベタ惚れだ」

「ラブラブだったもんねー」

 妻と見交わした後に剣王はゲラゲラと笑う。


 リューン曰く、ガルドワクイーンことラティーナ・クランブリッド・ガルドワは立場を利用して協定者を動かしたりはしないらしい。逆にガルドワ軍そのものがホワイトナイト、ユーゴ・クランブリッドに掌握されている。軍事的には彼が動かなければ軍も動かないという。


「だからポレオンでも三日で火の海だって言ったんだぜ。あいつが動いたらガルドワ全軍が攻めてくる」

「ゼムナ軍が持ちこたえられる時間がそれだけという事か」


 物騒な成り行きになったところでフィーナが「ひと息入れたら」と提案する。彼女自身が席を外すと、人数分の無重力タンブラーを運んできた。

 開いたドアから続いてロボット犬がピョコピョコとついてくる。それを見た子猫のルーゴがニーチェの腕から飛び出した。


「あっ、ルーゴ!」

 子猫は制止も聞かずにロボット犬にじゃれついていく。

「大丈夫よ。ペコ、遊んであげて」

「ワンワン!」

「お、利口だし」

 上手な距離感で追いかけっこを始めた。

「あなたは大切な人を戦場で直接助けられるんだもんね。羨ましい」

「ん? 剣王と戦場に行きたいの? あたしでも無理だし。だって野獣だもん」

「ぶはっ!」

 リューンが飲み物を吹き出している。

「あらら」

「灯りが闘争心にどっぷり染まってる人間なんて初めて見たし」

「言ってくれんじゃねえか、小娘」


 剣王が睨みつけるが、ニーチェはどこ吹く風で舌を出す。フィーナに「よく言われるのよね」とまで断言されると、さすがに哀れに思えてきた。


「まったく、人をなんだと思ってやがる。まあ、いい。最後にこれは聞いておきてえ。あんた、何で協定者なのを秘密にしてる?」

 リューンはずいぶん訝しげに見てくる。

「私はライナックを排除できるならば何でもやる。しかし、協定者だと知られれば世論は正義を求めてくるだろう。自分の為す事を正義などとは思わないのであれば名乗りも不要。改革は協定者の専売特許であってはならない」

「なるほどな。欲しいならてめぇで掴み取れってか? 同感だ。で、今後の話なんだがよ」

「聞こう」


 ようやく会談の主題に入れるようだった。

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