魔王と剣王(2)

 動揺が走ったのは周りのほうだった。ジェイルの側はもちろん、剣王側も目を丸くしている。


「彼を知っていたのか、リューン?」

 副将だというガラントが聞き咎めている。

「いや、会ったのは初めてだぜ。だがよ、あそこまで俺様を追い込んでくれた相手だ。忘れたくても忘れられねえだろ」

「追い込まれた? お前がか? 待てよ。確かそんな事を言っていたな」


 やはり、あの時の事を言っているらしい。戦闘に関しては天才的だと感じたのは間違いではないようだ。


「そりゃ、誘っても食い付いてこねえ筈だよな。こっち側に片脚突っ込んでやがったならよ。捜査官はやめたのか?」

 足を組んでニヤニヤしているところを見れば確信しているのだろう。

「どこで気付いた?」

「第二艦隊との戦闘映像を見たぜ。あんな芸当ができる人間がそこら中に居て堪るか。見間違えたりしねえよ」

「ならば調べるくらいはしたのだろう。私はもう生きてはいない」

 からかっているつもりだろう。

「体よく片棒担がされた訳だもんな。嘗めた真似してくれんじゃねえか」

「謝る類のものではあるまい」

 内容はともかく顔は笑ったままだ。彼なりの冗談なのだろう。


 ニーチェやヴィスは経緯に合点がいったようだが剣王側は困惑したままだ。説明を求められて何があったのかを話している。


「ま、とりあえずはここだけの話にしとけよ」

 念を押している。

「こいつは死んだままのほうが都合が良いんだろうからな」

「好機だったので利用させてもらった。責任を被せる気などない。ただ、娘は貴殿を私の仇だと思って命を狙っていたそうだがね」

「マジか! そいつはヤバかったな」

 大仰に驚いている。

「勘違いだったから許してあげるし」

「ありがてえ。命拾いしたぜ」

「恩に着ると良いし」


 無用な刺激をする彼女にヴィスが顔に手を当てて天を仰ぐ。その割に血の誓いブラッドバウ陣営の者は全員が失笑している。彼にそこまで言う人間は少ないのだろうと思われた。


「言われてるけど?」

 笑いが収まらないままでフィーナが問い掛けている。

「これがあながち笑い話じゃねえ。この娘はガルドワのホワイトナイトと同類だぜ」

「へぇ、そうなんだ」

「ああ、新しき子ネオスってやつだ。確か命のともしびが見えるとか言ってたろ?」


(ニーチェに関しても見破られていましたか。まったく侮れない男ですね)

 懸念していた通り、ジェイルの想定していた方向には話が進まない。


「灯りの事、知ってるの?」

 娘は興味をそそられたらしい。

「ああ、お前みてえなのがそれ相応のアームドスキンに乘ってるんだろ? それなら墜とされっかもしれねえ」

「試してみてもいいし。あたしが勝ったら血の誓いブラッドバウをちょうだい」

「そいつは勘弁してくれねえか。もうちっとやりてえ事が残ってんでな」

 ニーチェは膨れる。

「ケチだし。パパにおっきなプレゼントができるかと思ったのに」

「それくらいにしておきなさい」


 あさっての方向に流れていきそうな話題を収める。半分冗談だった彼女も小さく舌を出して引き下がった。


 ガルドワの『ホワイトナイト』とは、始祖の惑星ゴートの衛星ツーラに本社を構えるガルドワインダストリが抱えている協定者の事だ。

 一般にザナスト動乱と呼ばれる内紛時に、ガルドワ内部でも分裂構造が表沙汰になった。その一派が行った非人道的な人体実験が明るみに出たのと、協定者が行方不明になった結果、一時は信用が大きく失墜する。

 その窮地の中ガルドワに復帰し、象徴的にも技術的にも立て直しの原動力となった協定者。白いアームドスキンを駆り、常に公正さと調和を重んじる姿勢からホワイトナイトと呼ばれるようになったのだった。


「ホワイトナイトと会った事があるのかね?」

 これは彼も初耳だ。

「一度だけな。身体が空いたら会ってみてえと思って出向いたんだ」

「ほう? 彼も貴殿の好奇心の対象か」

「予想通り面白れえ奴だったぜ」


 これには興味をそそられる。何より人物像によっては干渉してくる可能性が無くもない。人道的とはお世辞にも言えない地獄エイグニルの活動を思えば、一応は警戒しておかねばならない相手の一人だ。


「どんな御仁だったか?」

 ホワイトナイトの行動は漏れ聞こえてくるが、人格性格などは窺い知れない部分が多い。

「あー、ありゃ人間やめてやがる」

「そいつはどういう意味ですかい?」

 ヴィスにも理解不能だったらしい。

「自分ってものを放り出してんだよ。物事を大局的にしか見てねえ。それが現在だったり将来だったり、大多数のの幸福に繋がるかどうかが一番重要なんだろうぜ」

「ふむ、神の視点か」

「俺から見りゃ、最も人間らしい部分が欠けてんだよ。だから最初は何言ってんだかさっぱりでな、困っちまった」

 口振りからすると歩み寄りはできたのだろう。


(それ故に「人間をやめている」ですか)

 ジェイルはホワイトナイトの人柄と同時に、剣王の考え方までも理解できた気がした。


「最悪、敵に回るかもって思ってんだろ、魔王?」

 剣王の口の端が皮肉げに上がる。

「そんな奴なんでな、ちっとやそっとじゃ動かねえ。ゼムナの遺志が絡むとなりゃ動かねえと思っていい」

「そうであってほしいものだ」

「ただし」

 もったいぶった前置きを挟む。

「ライナックの馬鹿どもが間違ってあいつを怒らせてみろ。ポレオンなんぞ三日で火の海だ」

「そこまでか」

「ああ、とことんやっちまうだろうぜ」


 果断さも持ち合わせた人物だとリューンは断言した。

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