黒き爪(10)

 怒髪天を衝く勢いのスビサレタ分隊司令アリョーナは、アキモフ艦隊のロマーノに即座に超空間フレニオン通信を繋げるように命じた。艦橋ブリッジ前面に表示された観測情報パネルの横に2D通信パネルが立ち上がる。


「何やってんのよ、あんたはー!」

 彼女の形相に、三十代後半と思える男がおののいている。

「何やってるって言われても、僕にも何がどうなってるのか分からないんだ」

「はぁ、しらばっくれるつもり? あんたのとこのアームドスキンがうちの部隊を攻撃してるの! 演習じゃないわよ! 実戦モードの出力で!」

「うげ、マジですか?」


 相手の反応を見てアリョーナは怒りをグッと堪える。当たり前だが意図的な行動ではなかったようだ。


「今なら勘弁してあげるから、そちらの観測データとこちらの情報をリンクさせなさい。もう演習どころではないでしょ。最低でも編隊ごとの相対位置は把握できて、同士討ちフレンドリーファイアも或る程度は防げるから」

 表面上は抑えたつもりなのに、ロマーノはまだビクビクとしている。

「それがその……、地獄エイグニルの部隊と接触して各個撃破を命じたところで真っ先に随伴偵察艇を潰されちゃってさ。アームドスキン隊には僕の命令が届かない状態なんだ」

「なんですって?」


 進出する部隊にデータリンクを構築する為の超空間フレニオン通信機搭載偵察艇を随伴させたそうだ。ところがその偵察機を早々に撃破されてデータリンク途絶状態なのだと言う。


「どこまでお馬鹿なの、あんたは?」

 引き攣る頬を抑えられない。

「今どこ?」

「艦隊なら接敵時の位置だよ。地獄エイグニルのアームドスキンがどこに潜んでいるか分からないから動けないじゃないか」

「こういう状況なんだから艦隊を進出させなきゃダメに決まってんでしょ! 誰の所為でこんな羽目になってると思ってんの!」

 命令系統を寸断されたのは、半分は分隊司令の責任だ。

「そもそもデータリンクが切れたら一時後退するよう命じておくのが常道なんじゃないの?」

「そうなんだけど、うちの連中、気が荒いだろう? たぶん、僕の命令を遂行するってのを言い訳にしてそのまま突っ走っちゃってるね」

「あー、もうあんたなんか頼りにしないわ。指揮系統をこっちに寄越しなさい。うちの部隊とデータリンクを再構築するよう命じるから」


 ロマーノから命令コードを受け取ったアリョーナは、アームドスキン隊にデータリンク再構築を呼び掛けるよう指示する。何とかか細いながらリンクが繋がり始めたらしく、観測パネルに友軍編隊の青いマーカーがぽつぽつと現れてきた。それを参考にオペレータに戦闘目標指示をさせる。


(これで同士討ちフレンドリーファイアを最低限にできるはず)

 ようやく腰を下ろした彼女はパネルを注視する。ところが再び青いマーカーは減少の一途をたどり始めていた。


「何でなの!」

 半ば悲鳴に近い嘆きが出る。

「分隊司令、現場のパイロットがトリガーが絞れないって言ってます!」

「どうしてよ! 意味が分からないわ!」

 オペレータの報告が理解できない。

「同士討ち防止の為に識別信号シグナルによるトリガーロックをさせています。射線内に友軍機の反応を検知しているのかと?」

「ちゃんと目標指示してるの?」

「してます!」

 頑強に反論してくるところを見るとオペレータの彼女は同士討ちがないようナビゲートしているのだろう。

「何が起こってるの? 技術士官!」

「推測の域を出ませんが、当該宙域は小惑星と呼べる規模から岩石レベルまで大小の天体が密に存在しています。識別信号シグナルが反響し、それをセンサーが感知してトリガーロックを掛けているのでしょう」

「じゃあ、地獄エイグニルはトリガーロックを掛けずに戦っているわけ?」

 技術士官は傍らで敬礼しつつ「おそらくは」と告げる。

「うちもトリガーロックを外しなさい」

「それだと数の多い友軍の同士討ちフレンドリーファイアが増えるだけかと」


 技術士官がじりじりと下がっていく。アリョーナの形相がどんどんと怒りに染まっていっているからだろう。


(だいたい地獄エイグニルの連中はどうやって同士討ちフレンドリーファイアを防いでいるの? 損害を受けているのはこっちばかりじゃない)

 苛々が募ってアームレストを拳で叩く。


「これ以上どうしろって言うのよ」

 状況全てが逆手に取られている。

「まずは識別信号シグナル検知のスライスレベルを上げれば多少は軽減できる筈です。普段行わない操作なのでパイロットへの伝達が困難……」

地獄エイグニルが後退していきます!」

 技術士官の進言はオペレータに妨げられた。

「今度は何!」

「苦労しているようだな?」

「イボリート殿? ブノワ艦隊が接近しているの?」

 新しいパネルが開く。敵はそれを察知して撤退していったらしい。

「ここの位置を聞いてきた。ヴァルテル閣下よりの命令だ。分隊は戦力を統合して旗艦の指揮下に入るように」

「閣下がいらっしゃるのね。……これとこれ、この編隊に敵機を追わせなさい。奴らの艦隊の位置を掴むのよ」


(私に恥をかかせたこと、必ず後悔させてあげる)


 アリョーナは怒りに燃えている。


   ◇      ◇      ◇


「戦闘は一時的に終了した模様です。ブノワ艦隊は閣下のご指示で間に合いました」

 副官の報告に第二艦隊司令ヴァルテル・ライナックは頷いた。

「スビサレタ分隊司令が地獄エイグニル部隊を追跡させております。敵艦隊の位置が判明するのは時間の問題かと」

「彼女ならやってくれると思っていた。では、ファランドラを環礁内へ進めよ」

 第二打撃艦隊旗艦は二隻の随伴艦を率いて小惑星群の隙間へと前進を始める。


 すぐ傍の小惑星の裏で漆黒の機体のパイロットがほくそ笑んだのをヴァルテルは知らなかった。

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