黒き爪(6)
「ディレクター、分隊旗艦が後退しろって言ってます」
報道船の通信員が告げてくる。
「はぁ? なんでだ」
「実戦の可能性があるから下がって分隊中央にって」
「実戦たぁ願ったり叶ったりじゃないか」
ディレクターはニヤリと笑う。
「ヤバくないですか?」
「ヤバいから面白いに決まってるじゃないか。このシャウテン艦隊だけでも三十隻、アームドスキンは九百機だぞ? そいつが実戦さながらの演習をやるってんだから画になるんだろう?」
「まあ、そうですけど」
不安がる若手アシスタントディレクターに言い聞かせる。
「更にそれが実戦だったらどうなる。最高じゃないか」
「いい画にはなりますよね、命懸けですけど」
「命懸け? 馬鹿か、お前。たった一機で都市一つ焼くのも訳ない戦闘兵器が千近くいるんだ。どうやって敵がここまで入り込んでくる?」
ディレクターは手の裏で若手の肩を叩く。
「政府もうるさく注文付けてきてただろう? ゼムナ軍の雄姿をがっつり流さなきゃなんねえんだって。いいからもっと前に出せ。きっちりいいとこを押さえるぞ」
「あちゃー、危険手当、申請してもいいですよね?」
アシスタントディレクターはにがり顔で頭を掻いた。
◇ ◇ ◇
その頃、マーニが率いるアームドスキン隊はシャウテン艦隊の側方へと陣取っていた。彼女らはアームドスキンを小惑星に張り付かせて重力場レーダーから身を隠している。
(連中もまさか環礁内に入る時点で尾行されてるとは思わなかったみたいね)
四つの艦隊全てに偵察艇が張り付き、逐一位置を報告してきている。大質量のノイズだらけになる宇宙環礁だからこそ重力場レーダーに検知されないで済んでいる。
(
或る程度接近してからはパルスジェットさえ使用していない。アームドスキンと小惑星群の間に働く引力で変針してきた。
この隊の全二百機がデータリンクで接続されている。慣性飛行のまま小惑星に接近すると
先頭の一機が進路を算出しながら進み、後続はそれをトレースする形でここまでやってきた。結果として全機が探知されないまま敵艦隊の側方の小惑星裏に取り付いている。
(どういう頭の構造してたらこんな方法を思いつくわけ? それを実現する計算処理能力も半端じゃないんだけど)
戦闘隊長は彼女だが、隊には全身漆黒のクラウゼンも随行している。ケイオスランデル機だ。その横にはルージベルニも付いている。
「やはり気取られてはいないようです」
戦闘隊長としての裁量で副官に指名したドナが告げてくる。
「そりゃそうでしょうね。わたしたちはノイズとしてしか映ってない筈だもの。それにオーウェン隊が交戦している頃合い。敵はそっちを注視しているわ」
「はい、相手が我々だとも判明した頃でしょう」
「もう仕掛けるのん?」
今動くだけでも十分奇襲にはなる。
「待ちなさい。計画通りならそろそろ動く筈だから」
「そんなに上手くいくもんかね?」
「可能性は高い。しばらく待て」
疑念を挟むギルデに、変調された声が部隊回線で届く。
「いや、信じちゃいますがね」
「ギルデの分際でパパの言う事を疑うなし」
「お前、先輩に向かって!」
(あら、本当に動くなんてね)
ケイオスランデル機が会話を制して指差す。その先では報道船がイオンジェットを短く噴射して前進しようとしていた。
「割り込むぞ」
総帥からの指示が出た。
「了解。全機、全速で予定相対位置に展開」
「出番だし!」
二百機が一斉に加速して小惑星裏から飛び出る。ここは時間との勝負。マーニも視界が狭まるほどのGに耐え、クラウゼンを艦隊と報道船の間に割り込ませた。
「悪いけど、そのまま前進させなさい。艦隊との距離を取るのよ」
発射した小型プローブが船体に食い込む。軍用回線の通じない相手ともこれで回線が開くのだ。
「なんだ? どういうことだ」
「ディレクター、黒い爪のエンブレム付けてます。こいつら
「なんだって? じゃあ、この声……、おい、待ってくれ。これは報道船だ! 民間船なんだから手を出すな!」
意味のない抗議だ。
「それが何? ここは戦闘宙域。わたしたちは地獄の使者。あなたたちは捕われ人。お分かり?」
「無茶苦茶だ!」
「ジャーナリストは常に保護されるべきだとか主張するわけ? それはお門違い。これからの運命を教えてあげる。餌であり盾よ。ゼムナ軍に見捨てられない事を一生懸命祈ってなさい」
接敵したオーウェン隊に向けて発進していたゼムナ軍機が突如として乱入してきたマーニ隊に慌てふためき回頭する。しかし、そこには報道船を包囲するように展開した
「冗談じゃない! やめてくれ! こっちには防御磁場も無いんだ! 流れ弾の一発でお終いなんだぞ?」
「あら残念。爆沈してしまっては盾の役に立たないわ。頑張って躱してくださる?」
「お前ら、鬼か!」
吠える相手に「はずれ。地獄の住人だって言ってるじゃないの」と返しておく。
(ケイオスランデルらしい心理を読んだ作戦よね。ジャーナリストの功名心を逆手に取るんだもの)
マーニがちらりと窺えば、ゼムナ軍機が躊躇いつつも接近してきていた。
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